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2018年9月18日 20:01

市村正親、“育ての親”浅利慶太さんに感謝

市村正親、“育ての親”浅利慶太さんに感謝
(c)NNN

7月13日に悪性リンパ腫のため亡くなった劇団四季の創立メンバーで演出家の浅利慶太さんのお別れ会が18日、東京・日比谷の帝国ホテルで営まれ、俳優の市村正親(69)、石丸幹二(53)、女優の加賀まりこ(74)ら1300人が参列した。

浅利さんの笑顔の遺影は、約1万8000本の花で彩られた。祭壇は、浅利さんが高校時代の演劇発表会で生涯初の演出を務めた作品「わが心高原に」からイメージし、1万5000本の白い花で高原の様子を描いたもの。遺影の左手に劇団四季のマークである竪琴が置かれ、竪琴から遺影に沿って約1000本の紫色の花で劇団の時の流れを表現、遺影の周りは黄色い花で光に包まれている様子を表したという。

式では、来場者全員でミュージカル「コーラスライン」の楽曲「愛した日々に悔いはない」の献歌が行われ、妻で女優の野村玲子(本名・浅利玲子=57)が「主人は85年の人生を演劇に捧げ抜きこの世を去りました。生きる勇気と感動をお客様にお届けする、これが主人の変わらぬ考えでした」とあいさつ。「これからも主人が大切にしてきた演劇への思いを貫き、活動して参りたいと思います」と話し、弔問客らに感謝を伝えた。

報道陣の取材に応じた市村は「本当に、もっと長生きしてもらいたかった」と無念をにじませつつも「俳優として0歳から育てていただいて感謝の気持ち。生きていることは素晴らしいということを教えてもらった。生きることの素晴らしさを演劇人として僕は僕の肉体を持って表現していかないとと思います」と力を込めた。

石丸も「あらためて感謝の気持ちでいっぱいです。俳優という仕事を選んだ以上、どう演劇に身を捧げていくかという認識を示してくれた。日本の演劇界、ミュージカルの世界を切り開いた方でした」としのんだ。

献花を終えた加賀は「感謝を述べてきました。それまで映像の世界で被写体としていることとは違う、板(舞台)の上にいることが大事と教えてもらいました」と振り返った。