何もない…いすみ鉄道が目指した信者顧客1

キーワードを基に様々なジャンルのフロントランナーからビジネスのヒントを聞く「飛躍のアルゴリズム」。今回は「いすみ鉄道」代表取締役社長・鳥塚亮氏。1つ目のキーワードは「『ここには何もないがあります』 いすみ鉄道は『乗らなくてもよい鉄道』です」。“何もない”に隠された真意を聞く。
■「いすみ鉄道」とは
「いすみ鉄道」は、千葉県の房総半島を走るローカル線。大原駅から上総中野駅までの14駅、総距離にして26.8キロメートルの鉄道だ。JR東日本から路線を引き継いで、自治体や民間企業が設立した“第3セクター”となっている。
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――ずばり、特徴は?
特にこれといった特徴のないのが特徴のローカル線です。日本の里山の中を走り、のんびりとしています。もちろん沿線には城下町でしたりお城があるんですけども、それは、いわゆる“観光地”といったところではないので、落ち着いた雰囲気です。つまり、これといって特徴がないんです。
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■プロフィール
1960年生まれの56歳。子どもの頃から鉄道が好きで新幹線の運転士を目指すも、国鉄民営化と重なり新卒採用がかなわなかった。それならばと、思いを空に向け「大韓航空」に就職。その後、ブリティッシュ・エアウェイズにも転職を果たしている。
一方で、鉄道への夢が捨てられずに2009年、幼いころからなじみがあった「いすみ鉄道」を立て直すべく一般公募された社長に就任し、ムーミン列車など数多くのアイデアを展開し、地元との共存共栄に努めている。
■“何もない”は“非日常”
――1つめのキーワードは「『ここには何もないがあります』 いすみ鉄道は『乗らなくてもよい鉄道』です」とのことですが、田園風景や、春には菜の花や桜もありますよね。これはどういう意味なのでしょうか。
観光客に来ていただこうと。観光客というのは、田舎、ローカル線にとって“都会の方”なんです。都会の人たちは“何でもある生活”をしています。
田舎の人たちは「きれいな海や山があります」という言い方をし過ぎるんですけども、何でもあるところに住んでいる人たちが“非日常”を求めるには、“何もない”というものがね。
これは、「全員が全員理解しなくても、ごく一部の人に理解していただければ…本当にその良さがわかる人たちが来ていただければいいな」という意味のキーワードです。
■乗らなくてもよいシステム
――でも、鉄道会社ですから、やっぱりお客さんに乗っていただいて初めて鉄道会社だと思うんですが、乗らなくてもよいとなると困ってしまうのでは?
乱暴な言い方をすると、私はローカル線で一番大事なことは“すいていなきゃいけない”だと思うんです。ぎゅうぎゅうのローカル線ってちょっと嫌じゃないですか。だけど、それじゃ経営は成り立たない部分があるので、そこをどうしようかということを考えなきゃいけないんですけども。
車で来ても「駅にちょっと立ち寄ってみたい」とか、日本人だったらそういう気持ちが鉄道ファンじゃなくてもあるものです。だから、駅に売店を作っておいて、そういう人たちがそこで記念切符を買ったり、おせんべいやもなかを買ったりしていただければ、切符を買って乗ったのと同じくらいになるんじゃないかなと。
1両の電車が1時間に1本ですから。朝から晩まで満員にしたところで、しょせん黒字にはならないんですよ。だったら、すいているローカル線のイメージを保ちつつ、お金を稼ぐようなシステムを別に用意して、観光客がちょっと立ち寄ってお金を落としていただく。こういうことができるんじゃないかなというのが、ちょっと乱暴ですけど“乗らなくてもよい”という言い方になります。