【セブン&アイ】社長交代で買収問題は今後どうなる?一連の経緯をわかりやすく解説 円安で海外から狙われる日本企業“全く安心できない時代”に
カナダのコンビニ大手からの買収提案に揺れるセブン&アイホールディングス。3月6日、井阪隆一社長が退任し、後任にスティーブン・デイカス氏が就任することを発表しました。買収提案を検討する「特別委員会」の委員長を務めていたデイカス氏をトップに据え、買収問題は今後どうなるのでしょうか?
経済部・企業取材担当キャップ 渡邊翔記者:
このタイミングで井阪社長が退任するという判断、どういう経緯だったんでしょうか?
経済部・流通担当記者 山下莉紗記者:
井阪社長は、国内のコンビニの運営をしているセブン-イレブン・ジャパンに入社以来、コンビニ事業一筋でした。一方、デイカス次期社長は、ファーストリテイリングやウォルマートを経て、西友のCEOを務めてきた“プロ経営者”です。海外事業の経営や財務に詳しいデイカス氏を社長に据え、海外展開の強化を打ち出したかたちです。
渡邊:2024年8月、カナダのコンビニ大手「アリマンタシォン・クシュタール」からの買収提案が明らかになりました。そもそもセブン&アイの経営は、買収提案されるほどまずかったのでしょうか?
山下:日本のセブンイレブンは、1日の売上高で見ればライバル企業に比べても大きな金額となりますが、グループ全体の業績は、好調とは言えない状況が続いています。
セブン&アイが1月に発表した2024年の3月~11月の最新の決算。純利益は昨年度の同じ時期が1821億円だったのに比べ、65%減少しておよそ636億円となっています。
渡邊:6割超の減少というのは、なかなかですよね。
山下:物価高の影響で、日本やアメリカのコンビニ事業が不振なことに加え、イトーヨーカ堂のネットスーパー事業からの撤退など、本業以外での特別損失も計上してこのような形になりました。2025年2月までの1年間の予想も純利益は減少となる見通しを発表しています。
渡邊:時価総額より高い買収提案を受けていて、株主からすれば、よりセブン&アイの価値が高まり、メリットがあるという見方もできると思いますが、なぜ買収されてはいけないのでしょうか?
山下:日本でコンビニは私たちの身近にあり、食品や生活用品の質が高いです。その上、公共料金の支払いや荷物の配送もできて、多様な消費に寄り添った店舗運営がされています。
また、24時間営業している店舗も多く、災害時には、食料や生活用品、トイレなどが被災者や救助に来た人々の役立つ、社会的なインフラの役割も持っています。単純に電気がついていることで、安心感を与えたり、地方の過疎地域の店舗は憩いの場になっていたり、ただの小売店としての機能にとどまっていません。
渡邊:アメリカに駐在していましたが、アメリカのコンビニは、ガソリンスタンドに併設している事が多く、商品の品揃えや店員の対応は、日本のコンビニと似て非なるものだと思います。“地域密着度”や“きめ細かさ”が、日本のコンビニの価値ということですよね。
山下:海外の企業に買収されて、たとえセブンイレブンというブランドが残っても、今私たちが受けているサービスや商品の質、災害拠点としての機能などが保てるのか、そこが私たちのギモンでもあるし、同時にセブン側が抱いている懸念でもあるわけです。
複数の関係者が繰り返し話をしていたのは、コンビニの「社会的インフラ」としての役割が本当に守られるのかということでした。
また、欧米式のコスト・効率を強く意識した経営により、利益率の悪い店舗などは改善策の検討無く、閉店に追い込まれてしまう懸念も出ています。セブンイレブンは、多くの店舗が「フランチャイズ店舗」で、店ごとにオーナーがいます。そういう方々の雇用・生活が守られるのかということです。
■創業家による“MBO”はなぜ頓挫?
山下:創業家が中心になり、2月まではMBO(経営陣等による自社買収)を検討していました。総額9兆円規模の資金を集めて、セブン&アイを自分たちで買うという案でしたが、なぜ頓挫したのでしょうか?
渡邊:まず、大きく分けると資金の集め方は2通りありました。
まず4兆円規模の出資。創業家に加え、商社大手の伊藤忠商事。伊藤忠商事は子会社にファミリーマートを持っているため、コンビニ経営のノウハウや調達網も生かせるのではとみられていました。
さらに米投資ファンドやタイでセブンイレブンを運営する財閥大手にも要請していました。
もうひとつ、5兆円規模の融資。これについてはメガバンクなど大手銀行5行に要請し、検討が行われていました。成立すれば、日本企業のMBOとしては過去最大規模でした。
しかし、様々な関係者に取材すると、4兆円の出資の枠組みが、なかなか決まらなかったことが頓挫の要因だということです。銀行からすると、出資を受けて賄うお金がきちんと確保できるか判明しないと、いくら貸せばいいのかが固められないので、融資を確約する書面「コミットメントレター」も出せません。
さらに、これだけ関係者の数が多くなると、情報が漏れてしまう問題もありました。検討中の事案が報道されると、交渉そのものが難しくなってしまうということです。
その結果、2月末にタイの財閥大手が、MBOに参加しないことを表明。その直後、伊藤忠商事も「検討を終了した」とMBOに参加しないことを表明し、五月雨式に枠組みが成り立たなくなってしまいました。
創業家は3月4日、MBOを断念すると明らかにし、その中で、「多額の買収資金が必要で、その調達を短期間で実現することは容易ではない」と説明しました。
山下:今回の枠組みは頓挫しましたが、別の出資者を見つけてもう1回MBOするというのは考えられますか?
渡邊:複数の関係者にききましたが、これだけ巨額のスキームを、別の企業などが参加する形で、もう一度組むのは相当困難という意見で一致していました。もちろん可能性はゼロではないですが、数か月とかで立て直せるような話ではないと。基本的に、MBOという路線は一度なくなったと考えて、様子を見ていくのがいいと思います。
■会見で発表した新たな“施策”のポイントは
渡邊:3月6日の社長交代会見では、セブン&アイの企業価値を高めるための新たな施策も発表されました。どこがポイントだったでしょうか?
山下:まずは、コンビニ事業を強化するため、事業の整理を行う方針が示されました。北米でセブンイレブンを運営する「セブン-イレブン・インク」を2026年下半期までにアメリカの株式市場に上場させる。
渡邊:上場すると、要は株式でお金を集められるようになりますから、少なくとも兆円単位のお金を調達できるともいわれています。
山下:また、傘下のイトーヨーカ堂やデニーズ、ロフトなどの事業を束ねる中間持ち株会社「ヨーク・ホールディングス」の株式をアメリカの投資ファンド「ベインキャピタル」におよそ8000億円で売却することも発表。イトーヨーカ堂は、クシュタールの買収提案が判明するよりも前から、数年かけて株式上場する方針を示していましたが、今回正式に決まりました。
さらにセブン銀行も、株式の保有比率を40%未満に引き下げるなど、コンビニ事業へ集中する姿勢を明確にしました。
渡邊:2030年度までに、総額2兆円規模の自社株買いをすることも発表していました。打ち出しをみると、かなり株主への還元、ようは株価をどう上げるかを意識した施策が多いと感じました。
■まだ続く?買収の“危機”にデイカス氏は
渡邊:一方で、クシュタールからの買収提案はまだ生きています。クシュタールは「敵対的買収はしない」という姿勢を維持していますが、創業家がMBOを断念した直後の声明で、改めて買収への意欲を示しました。
また、「セブン&アイが日本において担っている緊急対応インフラとしての役割を維持する」とも記されていました。クシュタールの関係者はたびたび来日して、能登半島地震の被災地にあるコンビニなどを視察しているという情報があります。さらに、日本事務所開設を検討していると表明するなど、ますます前のめりな感じですが、買収問題は、今後どうなるでしょうか?
山下:クシュタールは買収に意欲的だという印象を受けます。ただ、セブン&アイ側がクシュタール側に、「買収した場合、アメリカの独禁法にあたる反トラスト法への対応をどうするのか」という点を確認して、まだ返事をもらっていないとみられています。
渡邊:アメリカではセブンイレブンとクシュタールが、店舗数1位と2位なので、両社が統合すれば日本の独占禁止法にあたる「反トラスト法」に抵触する可能性が高いという話ですよね。
山下:今月6日の会見で次期社長のデイカス氏は、「クシュタールの提案が企業価値を高められるかどうかは私にもわからない。裁判所の検討で2年以上も塩漬けになるのは株主へ価値をもたらさない」と話していました。クシュタールとの協議は続ける考えを示す一方、「他の機会も模索し続ける」と含みを持たせています。
また現時点で、買収提案を精査するセブン&アイの特別委員会は「セブン&アイが自分たちの力で企業価値を上げる」という今回の打ち出しを全面的に支持するとしています。
専門家は、「クシュタールへの対応をどっちつかずにしておくことで、コンビニ事業を強化して、企業価値を向上させるための戦略で成果を上げるための時間稼ぎをする狙いがある」「実際に効果が見込めれば、買収提案を断る大義名分ができる」と分析しています。
渡邊:私が個人的に感じたのは、常態化した円安の影響がこの買収問題にも響いているということです。
日本の企業価値が円安で目減りしている側面はあると思います。複数の企業トップから、「円安の影響もあって、海外からの買収提案がいつ来るか、全く安心できない時代になった」という声を聞きました。決してセブン&アイだけの問題ではないと感じます。