知られざるモスクワの地下施設
地下の利用が厳しく制限されているロシア・モスクワ。市民も知らないという地下には何があるのか?モスクワ支局・片野弘一記者が取材した。
今から20年前、この国がまだ「ソビエト」と呼ばれていたころ、首都・モスクワには核戦争に備えて7000もの地下壕(ごう)や地下シェルターがあったという。その多くは放置され荒廃しているが、中には博物館として公開されているかつての秘密軍事施設もある。
1956年、核攻撃から逃れるためのシェルターとして造られた施設は、現在では冷戦博物館となっている。狭い階段をたどって地下60メートル。そこに作られたソビエト軍の通信基地は、メガトン級の核兵器にも耐えられる構造だ。ソビエトが崩壊するまで、ここでは約600人の兵士や通信技術者が働いていた。核攻撃を受けた場合は指令基地となり、報復攻撃を指揮する役割もあったそうだ。
地下では時折、低い振動音が響きわたる。かつての地下軍事施設の多くは、市内を網の目のように走る地下鉄と直結しているという。地下60メートルから80メートルにある地下鉄ホームはシェルターとしての役割もあり、各駅でそれぞれ1000人以上が避難生活を送ることができる。避難生活を支える水や食料は、今もモスクワの地下に蓄えられている。
1941年11月6日、当時の指導者・スターリンは、ドイツ軍がモスクワに迫り来るなか、地下の秘密基地から地下鉄マヤコフスカヤ駅に移動して決起集会を開き、民衆を鼓舞した。そのスターリンの会議室もモスクワの地下深くに眠っている。会議室は長さ17キロの地下通路でクレムリンと結ばれているが、残念ながら取材は認められなかった。会議室の先のトンネルは、普通のトラックなら簡単に通れる広さだという。
郊外を流れる小川…その水は、モスクワ市内に入ると地下の水路にのみ込まれる。モスクワの地下を流れる川は、250以上あるという。モスクワ市民は、「知らないわ、モスクワの地下に川なんて…」「(地下に川があると)街が沈んでしまうわ!」と、川の存在を知らないようだ。ではなぜ、川を地下に流すようになったのか?それは、洪水対策や土地改良のためと言われている。中にはクレムリンや軍事施設の真下を流れる川もあり、テロに使われる可能性もあるため、安全対策上、そのルートは極秘となっている。
モスクワには、まだ市民の知らないトンネルや地下施設が数多く存在しているという。地下探検家のミハイル・サフキンさんは、「モスクワの地下は縦穴やシェルター、地下室などで穴あきチーズみたいになっています」と語ってくれた。謎にあふれたモスクワの地下。しかし、軍や政府の規制が厳しく、その全体像をうかがい知ることはできない。