アカデミー賞、注目はイギリス関連作品

毎年恒例の映画の祭典・アカデミー賞が、今年もハリウッドで盛大に行われた。結果は前評判通り、「英国王のスピーチ」の勝利。作品賞、監督賞、脚本賞の他、エリザベス女王の父、ジョージ6世を演じた主演のコリン・ファースさんも男優賞を獲得した。
コリン・ファースさんは、授賞式で「今が私のキャリアのピークですね」とジョークを交え、会場を和ませた。4月のウィリアム王子の結婚式を前に、ハリウッドではイギリス旋風が吹いたが、アカデミー賞では、「英国王のスピーチ」以外にもイギリスに関連した作品が話題となった。
一方、長編ドキュメンタリー賞にノミネートされたのは「イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ」。イギリスの覆面ストリートアーティスト、バンクシーが初めて監督した作品だ。バンクシーは、有名美術館に勝手に自分の作品を展示したり、世界中でメッセージ性の高い落書きを描くなど若者を中心に強い人気がある。今回のノミネートで「会場に現れるのでは…」と期待が高まっていた。
バンクシー登場の期待が熱い中、授賞式本番ではプレゼンターを務めたアメリカの人気歌手がこんなあいさつで会場を沸かせた。
「私がバンクシーです!」
そのバンクシーが最近、ロサンゼルスの街に作品を残している。バンクシーの落書きアートはちょっとした名所になっており、殺風景な倉庫街にある建物の壁にスプレーなどで描かれた作品のタイトルは「差し押さえ」。家に入れず、ぼう然とたたずむ女の子の表情が見る人の胸を打つ。
その落書きを見た女性は、「私はアートファンです。彼は、世の中の出来事に対する私の思いを表現してくれている」と笑顔で語った。また、別の年配の男性は、「落書きは明らかに違法だけど、人を呼び寄せるという意味で地域には貢献しているね」と、戸惑いながらもバンクシーの作品を認めている様子だ。
オフィス街の駐車場にもバンクシーの作品があった。パーキング(PARKING)の最後の3文字が消されパーク(PARK=公園)に。駐車場の係員は、「バンクシーを知っていますか?」と聞かれると、「名前は知らないけど、大物なんだよね」と答えた。
ビバリーヒルズのビルもバンクシーのキャンバスになっている。描かれた後、熱狂的なファンが壁を削りとって持っていかないように24時間体制の警備が行われていた。警備員は、「ビルと犬の警備をしているだけだよ。落書きをされて、ビルのオーナーは、最初は戸惑っていたけど、有名なアーティストだとわかると、ちょっと考えが変わったのさ。アートを守ろうと思ったんだよ」と話す。
アカデミー賞にノミネートされた映画「エグジット・スルー・ザ・ギフトショップ」では、ストリートアートの“今”を描くとともに、バンクシーを取材しようとした男がアッという間に人気クリエーターにのし上がっていく過程も描かれている。
バンクシーは、映画の主人公であるミスターブレインウォッシュについて「僕よりはるかに面白いから、その男を主人公にしたんだ」と、語る。そんなミスターブレインウォッシュが、アカデミー賞ノミネートを記念して描いた壁画は、駐車禁止を意味する赤い路肩からレッドカーペットが伸びている個性的なもの。スターウォーズの兵士に囲まれ、中心にはバンクシーらしき像が描かれている。
アカデミー賞の発表前、中のアトリエにいたミスターブレインウォッシュが出て来てこう話してくれた。「勝てますかだって?もちろんです。でも、アカデミー賞にノミネートされただけでも大きな勝利ですよ」。結局、バンクシー本人はアカデミー賞の授賞式会場には現れず、ミスターブレインウォッシュが出席した。
受賞は逃したものの、アートファンも大いに盛り上がった今年のアカデミー賞。イギリスの落書きアートのカリスマは、人目を避けて、今日もどこかで描き続けているに違いない。