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2014年11月8日 22:09

「壁」崩壊、あすで25年 ベルリンを歩く

 冷戦の象徴といわれたドイツの「ベルリンの壁」が崩壊してから9日で25年となる。東西の格差は縮まりつつある一方で、旧西ドイツ側の市民は今も経済的な負担を強いられている。

 取材当日、ベルリンの中心部では壁の崩壊25年を記念するイベントの準備が行われていた。崩壊から25年を目前に、ベルリンではかつて壁があったところに風船を浮かべて歴史を見つめ直そうとしている。当時の壁にそって15キロにわたって8000個の風船が用意され、9日、空に放たれる予定だ。

 今から25年前の1989年11月9日、ベルリンを東西に分けていた壁は突如、崩壊した。あの日、東側に住んでいたシュテファン・ボルフさんはテレビで壁崩壊の知らせを聞き、東西を分ける検問所を訪れた。今は同じ場所に当時をしのぶ博物館「ドイツ歴史館」が建っている。

 シュテファンさん「(あの日)大声で『来い』『パスポートを出せ』と乱暴に言われました。スタンプを押され『通れ』と言われ、信じられない瞬間でした」

 検問所に直結していた地下鉄に乗り、シュテファンさんは初めて西側に足を踏み入れた。

 「みんな楽しそうにシャンパンをかけ合っていました。『どこから来たの』『東からかい』と聞かれました」

 あれから25年が過ぎた現在のベルリン。上空150メートルから眺めてみると、左側の東ドイツと右側の西ドイツに、違いはほとんど見えない。

 旧東ドイツ側の地区も様変わりした。かつては灰色一色だったという古い団地は、外壁が明るいピンク色に。

 団地の住民「ここはリフォームされて明るくきれいになりました。気持ちいいです」

 団地の整備に投じられた費用は40億ユーロ(約5700億円)。その一部は旧西ドイツの州が負担している。この制度はさらに5年先、2019年まで続く予定だ。

 地区の開発担当・クリスティアン課長「学校はまだ修復されていません。新しい校舎も建設しなくてはならないし、公園も必要です」

 長期にわたる支援は、旧西側にとっては重い負担となっている。自動車産業が盛んなバイエルン州とヘッセン州は巨額の負担を強いられており、去年3月、この制度は「不公平で競争原理に反する」などとして憲法裁判所に訴え出た。

 市民「(東西統一という)大きな変化ですから、支援が必要なのは当然です」「東側に限らず、ドイツ全土のどこで支援が必要なのか考え直すべき」

 壁の崩壊から25年。一つのドイツとして積み重ねてきた歳月が、新たな課題を浮かび上がらせている。