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2015年2月21日 20:06

母国と祖国 日系2世兵士の見た“沖縄戦”

母国と祖国 日系2世兵士の見た“沖縄戦”
(c)NNN

 太平洋戦争末期、激しい戦闘が行われた沖縄。その戦いに従軍した米兵の中には日系2世もいた。戦後70年を迎えた今年。母国と祖国の狭間で揺れ動いた日系2世たちの心情や体験をまとめた資料展「日系二世が見た戦中・戦後~母国と祖国の間で~」が、横浜で開かれている。

 太平洋戦争末期、住民を巻き込んだ地上戦が行われた沖縄では、約20万人が犠牲となった。「日系二世が見た戦中・戦後~母国と祖国の間で~」では、戦時中、日本とアメリカの間で翻弄(ほんろう)された日系二世ら20人が語った当時の体験や思いが紹介されている。

 ハワイに住んでいた18歳の時に開戦となったタケジロウ・ヒガさんは、沖縄で2歳から14年間、日本の教育を受けた。ヒガさんは、日系人への風当たりが強くなる中、アメリカ市民として務めを果たすべきか悩んだ末、入隊。そして、敵国・アメリカの兵士として両親の故郷・沖縄での任務が決まった。

 ヒガさん「毎晩のように沖縄の夢を見ました。おじ、おば、いとこの夢を見て、友達とか同級生もいますから。夢見て、眠れなかった」

 沖縄では通訳兵として、沖縄方言も使いながら投降の呼びかけや捕虜の尋問などの任務に就いた。ある時、見覚えのある2人を尋問。質問を続けるうち、小学校の同級生だと確信。同級生は肩をつかんで泣いたという。

 ヒガさん「大声で『バカモン!同級生見てもわからないか!』」「(同級生が)今まではね、この尋問がすんで私たち使い道がなくなったら、どこかの山で撃ち殺されると思っとった。同級生が反対側におれば、命は助かったろうと命拾いの喜びだ」

 ヒガさん「持っていた鉄砲、人に一発も撃ったこともなく、2世ハワイ生まれ、アメリカ市民2世として義務を果たすことができ、同時に子供の時に育った沖縄の人のために少しでも役に立ったと思うとき、私は非常にうれしく思います」

 一方、シンエイ・ギマさんは、両親が持つ日本への強い思いと「アメリカ市民」として、アメリカに忠誠を誓うべきという思いに挟まれながら入隊を志願。任務のため沖縄に降り立ったとき「私のルーツは沖縄にあるという思いがこみ上げてきた」と話す。

 証言の収集を行った沖縄県平和祈念資料館は、「戦争が起こした矛盾や悲劇など体験した日系二世たちの証言を通して、平和が大事だと言うことを改めて考えるきっかけになれば」と話している。

 「日系二世が見た戦中・戦後~母国と祖国の間で~」
   2月21日~27日 JICA横浜JICAプラザよこはま
   3月1日~5日 羽田空港国際線EDOホール
   3月21日~6月30日 沖縄県平和祈念資料館