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ワリエワ選手 露側トリメタジジン濃度で「混入」主張 専門家解説

2022年2月19日 0:06
ワリエワ選手 露側トリメタジジン濃度で「混入」主張 専門家解説
ワリエワ選手(写真:AP/アフロ)

北京五輪フィギュアスケート女子に出場したロシアオリンピック委員会のワリエワ選手(15)。ドーピング疑惑に対してスポーツ仲裁裁判所(CAS)が、ロシアとWADA(世界反ドーピング機構)側双方の主張を公表。薬物に詳しい横浜市立大学の五十嵐中(いがらしあたる)准教授と読み解きます。

■偶然「混入」を主張するロシア

Q双方の主張等の主旨は?

ーースポーツ仲裁裁判所の公表では、
1 尿中から検出されたトリメタジジンの濃度は2.1ng/mL。(1ミリリットルあたり2.1ナノグラム)

2 ロシア側は、「ポーランドの研究では、トリメタジジンを1回(35mg)服用した翌日に濃度を測定すれば、2.1ng/mLのようなレベルではなく、1,000ng~10,000ngのオーダーで検出されることを示している。服用から競技日まで、最低でも5-7日の間隔がない限り、測定値が2ng/mLまで下がることはない。2.1ng/mLと低い濃度であり、他のタイミングで行われた検査では陰性であることも考慮すれば、パフォーマンス向上目的でトリメタジジンを服用したのではなく、混入である可能性が非常に高い」と主張しました。

3 WADA・IOC側は、「ロシア側が自ら認めているとおり、2.1ng/mLという数値は『1回(意図的に)服用した後、体内からの排出が完了する間際のタイミングであれば測定され得る数値』である。また、ロシア側が主張するような状況で混入が起きた際に、"2ng/mL"のような数値が測定されることについて、科学的な根拠は示されていない」などと主張しました。

4 スポーツ仲裁裁判所は、ワリエワ選手が保護されるべき未成年の選手であること、出場停止がワリエワ選手に及ぼす影響の大きさ、五輪期間中であり十分な調査をする猶予がないこと、濃度が低かったことなどは、裁定の中で述べている。しかし、意図的な服用なのか偶然の混入なのかに関して、明確な言及はない。

■検出されたトリメタジジンの濃度で「混入」証明?

Qトリメタジジンの検出濃度2.1ng/mLとは?

ーー主旨1のこの濃度は、WADAが定めるトリメタジジンの「最小要求性能限界レベル(MRPL)」は10ng/mLで、それを下回っています。最小要求性能限界レベル(MRPL)というのは、検査機器に最低限要求されるパフォーマンス、すなわち「この数値以上の濃度で薬物が混じっていたら、基本的に検出できるような機器でなければダメですよ」という水準のことです。機器の感度を定めた基準であって、「この濃度以下ならば、検出されても陰性としてよい」のような意味ではありません。

主旨2と3からは、尿から検出されたトリメタジジンの濃度レベルについて、双方が1回禁止薬物・トリメタジジンを服用し、しばらく経過した後に検出される数値ではないかと一致したようにも読み取れます。

しかし、ロシア側は「パフォーマンスの向上目的の服用」を否定し、祖父の薬が食器を介して偶然に「混入」した可能性が高いと主張。一方、WADA側は「混入」と説明するには無理があり証拠もないと主張しています。

■パフォーマンス改善に使われ得る薬物

Q禁止薬物トリメタジジンとは?

ーー狭心症などの心臓病の治療薬で心臓が動くエネルギーを作り出す機能・代謝に影響する薬としてWADAの使用禁止リストに入っています。上のCASの文書でロシア側が引用していたポーランドの研究では、血管を広げることで、心臓の負担を減らし、持久力を必要とするスポーツで、パフォーマンスを改善するために使われうる、と述べています。

Q検出報道のあるハイポキセンとカルニチンとは?

ーー2つとも、WADAの禁止薬物リストには入っていません。ハイポキセンは商品名。物質名はジヒドロキシフェニレンで、ロシアでは「禁止薬物リスト外で、運動時にも使える」サプリメントとして販売されています。しかし、日本を含めたそれ以外の国では同じ成分のサプリメントはありません。製薬会社のウェブサイトでは、抗酸化作用をうたっていて、この物質が心疾患や肺疾患に効果があると主張するロシアの文献もあります。
日本でも成分は異なるものの、抗酸化作用をうたったサプリメントはあります。運動にともなって発生する活性酸素を抑えるという触れ込みです。
もう一つのカルニチンは、日本でも脂肪燃焼の手助けをするサプリメントとして一般的に販売されています。このカルニチンと運動機能の向上との関係について、アメリカ国立衛生研究所(NIH)は、「運動機能などが向上したという明確なエビデンスはない」としています。

■ロシアの「スポーツと薬物」

Qハイポキセンとカルニチン、何のため?

ーーこれは私見ですが、心臓の治療のために使うとは考えにくいです。ハイポキセンのウェブサイトにも運動の補助と心機能の向上の両方が記載されていますが、やはりカルニチンとともに、運動補助のためのサプリメントとして使用したと考えるのが自然だと思います。同じウェブサイトで、「一緒に使える運動系のサプリメント」が列挙されていますが、その中にもL-カルニチンが入っています。

Qハイポキセンのウェブサイトには、「ドーピングリストには含まれていません」などと記述も。ロシアでの「スポーツとサプリメント」をどう見る?

ーーさきほど述べた「一緒に使える運動系のサプリメント」には、2016年以降使用が禁じられているメルドニウムも含まれています。「禁止されていない。あるいは、禁止されたとしても、その範囲で能力を向上できる物質を探し続ける」というスタイルをこのまま続けることが、選手の健康面でもスポーツの公正性の面でも本当に望ましいことなのか、やや不安に思います。