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「雲仙普賢岳大火砕流から33年」祈りの朝 午後4時8分には島原市全域で追悼のサイレン《長崎》

2024年6月3日 11:17
「雲仙普賢岳大火砕流から33年」祈りの朝 午後4時8分には島原市全域で追悼のサイレン《長崎》

死者・行方不明者43人を出した雲仙普賢岳の大火砕流から3日で丸33年です。

被災地の島原市内は一日、祈りに包まれます。

青空が広がった3日朝の島原市。

雲仙普賢岳は山頂の溶岩ドームまではっきりとその姿を見せました。

1991年6月3日に起きた大火砕流では、消防団員や報道関係者など43人が犠牲となりました。

被災者が暮らす仁田団地には、献花台が設置され、多くの人が花を手向けています。

(古川島原市長)
「改めて43人の方々が犠牲になったことの重たさと、同時に必ずいつの日かまた山は活動を始める。そのためにも子どもたちの世代に(噴火災害の)経験者が語り継いでほしい」

また報道陣の取材拠点だった「定点」でも、遺構の整備にあたった関係者らが犠牲者を悼んでいます。

(安中地区町内会連絡協議会阿南 達也会長)
「もう33年。何もできなかったという気持ちが不思議に出てくる。未来につないでいくという役目が問われている」

大火砕流が発生した3日午後4時8分には、市内全域で追悼のサイレンが鳴らされます。

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