「届いていないのでは?」アメリカ証言ツアーから見つめ直す 被爆地のメッセージ伝え方《長崎》
最初の訪問地、ノースカロライナ州のローリー。
ある高校で、講演していた時のことでした。
居眠りしている生徒。
井原さん
「始まった瞬間にあれ?伝えるのが難しいなと。シーン とはしていたが、どういう反応
なのかわからないまま…」
その後も、本当に思いが届いているのか。メンバーが不安を抱えることもありました。
被爆者 三田村 静子さん
「きょうなんかはおとなしい人で年代からいうと(意見するのが)恥ずかしい気持ちが
あるんじゃないか」
話し合いを重ね、伝え方を試行錯誤しながらたどりついた最後の都市、ポートランド。
井原さん
「我々がどういうメンバーなのかという説明が少し足りなかったという反省があった
ので、ちょっとやってみたいことがあって。 私から被爆者の訪問団である
という説明を英語でする」
「ヒバクシャという言葉を知っていますかというのを問いかけます」
宿でのミーティングで切り出したのは井原さん。
「若い世代により関心を持って 聞いてもらいたい」と 提案しました。
山口さんも感じていたことをぶつけます。
山口さん
「(質疑応答では)日本語で(聴衆に向かって)全部答えてもらってから
誰かが訳すというふうにしたくて。直接私たちに日本語で答えを言われちゃったら、
ここで会話している間に、見ている人たちは何が起こっているかわからないから」
話し合いを経て臨んだ大学での集会。
井原さん
「ヒバクシャを知っていますか」「原爆で生き残った人たちのことです」
井原さんは冒頭でツアーの目的を丁寧に紹介。山口さんも自らの言葉で
メッセージを発信しました。
山口さん
「キーワードの一つ目はつながること、もう一つは継続すること。考え続け、
同じ分野の人と交流を続け、きょうのことを覚えていてください」
そして、被爆者の朝長 万左男団長が「アメリカには核時代を終わらせる責任がある」と問いかけると会場で議論が生まれました。
聴講者
「仮にアメリカが核兵器を手放せば、国際的な立ち位置を見失ってしまうん
じゃない?」
「アメリカは特別じゃなく、国際社会の一員と考えないと。
我々が先頭に立たなくて誰が核兵器を廃絶するのか」