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【特集】犠牲者ゼロ「白馬の軌跡」神城断層地震から10年 地震の「記録」を「記憶」の中に…記憶の継承「復興ツーリズム」とは…

2024年11月22日 19:38
【特集】犠牲者ゼロ「白馬の軌跡」神城断層地震から10年 地震の「記録」を「記憶」の中に…記憶の継承「復興ツーリズム」とは…

特集、神城断層地震10年です。

白馬村では薄れる地震の記憶を伝え続けるための取り組みが進められています。

「復興ツーリズム」と呼ばれる新たな取り組みです。

【今月12日・白馬村】
この日、バスでやってきたのは白馬村の住民25人。ただのバスツアーではありません。

「復興ツーリズム」ガイド冨山正明さん
「この傾きになっちゃうと、もう住めないのでね、実際はもう解体しないと住めないんですけど、解体せずに土台部分、1階部分は残しているという形です。

参加者
「Q.引っ付いてた?」

「復興ツーリズム」ガイド冨山正明さん
「赤い所引っ付いていたんです。こっちに、これだけ、こっちにずれちゃった」

(※三日市場地震伝承館)

災害遺構を巡る「復興ツーリズム」と呼ばれる活動です。観光を通じて災害の記憶を後世に伝えながら、地域の復興や活性化にもつなげていく取り組みで、東日本大震災の被災地をはじめ、世界各地で行われています。

被災した建物を残した柏原孝至さん
「後世の方に本や文書で残しても閉まってしまえば終わりだから、いつでもこうやって見られるように/形で残した方が分かりやすいと思って残しましたので、よろしくお願いいたします。」

10年前の11月22日。白馬村を震源とする神城断層地震が発生。

神城断層は、糸魚川静岡構造線断層帯を構成する断層です。

活断層がはっきり姿を現すのは珍しく、地震直後には、研究の対象にもなりました。

あれから10年。

白馬村アーカイブサポーター箕島正尋 さん
「ここはこうずっと見ておられれば、少し段差ができているのが分かると思います。これは実は断層の跡です。」

10年という歳月で生活再建も進み、地震の爪痕は見えにくくなりました。

そこで、白馬村・隣の小谷村、そして信州大学が共同で進めてきたのが、「震災アーカイブ」です。

「復興ツーリズム」ガイド冨山正明さん
「で、このアーカイブで見ていただくと、その時の写真が載っています。」

看板にある二次元コードをスマートフォンで読み取ると、その場所の地震当時の様子が写真や文章で確認できる仕組みです。

「復興ツーリズム」ガイド冨山正明さん
「どんな状態だったか柱がみんな外れたり折れたりして、屋根だけがバーンと下に落ちる、一見、竪穴住居みたいな感じになっているというような壊れ方をしている」

地震前の城嶺神社は、もともと山の上にありました。

「なんでここに新しい神社にしちゃったのかというと、単純にもう山の上に行くのがしんどいからなんです。なにぶんどこも同じですけど高齢化してるんで、山の上だとやっぱり管理するの大変で…」

「震災アーカイブ」は、被害や復興の記録をデジタルのデータとして保存、誰でもアクセスすることができます。

白馬村在住
「そこに暮らしがあるわけだから全て保存できるわけではないので、形として残せないものはデジタルも利用してやっていったらいいんじゃないかなと思いますけど。本当はもうちょっと若い人が参加した方が良かったのかもしれないけれどもでも振り返ることができて良かったと思います」

白馬村在住
「10年も経っちゃうと建物の跡とかもやっぱりどんどん新しくなっちゃって分からなくなっちゃうので。地震っていつどこで来るか分からないので、やっぱり昔の記憶を辿るというのはやっぱりいいかなと思って参加してますけど」

「震災アーカイブ」にアクセスできる看板は、白馬村と小谷村の13か所に設置。今後も増やしていく予定です。

ツアーをガイドしていた1人、冨山正明さん65歳。普段は、村内のブルーベリー農園で働き、役場に依頼が入ると、ガイドに出向きます。

「ガイドするなんて全然、頭になかったんですけど。遺跡の発掘してました。」

大学で考古学を専攻していた冨山さんは、福井県庁に入り、30年近く発掘の現場で働きました。

スキーで訪れた白馬が気に入り、15年前に家を建て、週末に通っていましたが、10年前、思い切って移住。その半年後に地震が起きました。

自宅は無事だったものの、村で起こった災害の記憶を伝えていきたいとガイドに名乗りを挙げました。

冨山さん
「意外と村内の方もあの看板があるのを知らないし、震災のことをなかば記憶が薄れてきているところもあるので、下段に残すどっちか。自分でなかなかいくって多分できないと思うんですよ、こういう機会を設けると参加してみようかなと、ちょっといろいろなこと知ってみようかなという気持ちになると思うので。もう1回、思い返して備える気持ちをもう1度持ち直してもらうというのにいい機会じゃないかと思う」

地元の子どもたちが、災害の記憶を伝え、防災・減災につなげる提案をした、11月22日のシンポジウム。

冨山さんも壇上に立ちました。

復興ツーリズムのガイド冨山正明さん
「300年前の地震、記録には残っていたんですけど、ほとんど誰の記憶にも残っていなかった。だからそれを生かすことはできませんでした。ただ、やはり記憶に残っていないと人間の行動にはなかなか結びつかないですね」

建物の被害が大きかったにも関わらず1人も死者が出なかったことから、「白馬の奇跡」とも呼ばれる神城断層地震。

そのちょうど300年前、大きな被害があった地震はあまり知られていません。

白馬村アーカイブサポーター冨山正明さん
「ですから、私たち、人を介してそういうことを説明する中で、実際に皆さんの記憶の中に少しでも残していきたいということで、私たちの活動が行われています」

最終更新日:2024年11月22日 21:04