【新時代】人気の格安スーパー4代目社長に密着 「いいものをより安く」先代の思い受け継ぎ奮闘
新たな取り組みにチャレンジする人などを紹介するシリーズ『新時代』です。
今回は、値段の安さが人気の西和賀町のスーパーです。「いいものをより安く」という先代の教えを胸に奮闘する4代目の社長に密着しました。
社長 小笠原東さん
「客商売向きだべってよく言われるんですけど、本当は嫌いでした(笑)」
開店と同時にお客さんが詰めかける、『スーパー オセン』。行商からの 始まりでした。現在の場所に移ってからも長きにわたり地元住民から愛され続けています。
客「安いですね。安いし店員さんも会計早いし」
安さには、理由があります。
小笠原さん
「ここまで来るお客さんの、ガソリン代ぐらいは出さないと困るかなと思うので、安くしてるつもりだし、その分たくさん買ってもらいたいなって思ってました」
2004年には、北上店を オープンしました。北上は、商売を始めた初代ゆかりの地だからです。
東京のスーパーで修業して、実家に戻った4代目の小笠原さん。社長に就任したのは、4年前。先代から突然、バトンを渡されたのです。
小笠原さん
「先代からは、もう肉体労働だからもう誰でもできるし一生懸命やれば何とかなるから、飯だけ食えるようになれよと言われたので、商売に対してとか色んな事に対して厳しい人でしたね、やっぱり。ただ、それが愛情とか愛があるんだなと思うんで、いい本当、親だったんではないかなと思いますけど、息子としたら」
午前5時半。『盛岡市 中央卸売市場』に、小笠原社長の姿が ありました。社長自ら、仕入れに出かけているのです。市場に通い続けて 20年ほど。情報交換をしながら、その日旬な魚介を 見極めます。
小笠原さん
「何を売ろうとかいうのは市場に来てみて あるものを買うって感じ。あとは元の値段を相談して。たいしたことないのに値段だけ高かったら無理して買わない」
「じゃあどうも。」
商品を積み終えたら、社長自らが運転して西和賀へと向かいます。
社員「社長密着ですか?」
小笠原「うるさいよ。お前だ(笑)」
開店までは、およそ30分。店内では 従業員が、開店準備に 追われていました。
その頃 小笠原社長は、調理場で 魚をさばいていました。
小笠原さん
「今いる古参の社員から聞いたりとか、あとはお客さんから聞いたりとか。魚切りは、そんなにできなかったんですあっち(東京)では。でこっちに帰ってきて色々教えてもらいました」
先代の教えを、忠実に 守っています。
小笠原さん
「いいものをより安く。安くいいものを買う。それだけしか教えてもらわない ので、これしかやれないなと思ってました。ただ、時代もあるので、その時代の流れとか流行みたいなのかは、少しずつ入れたりとかあるんだと思いますけど、商売自体の根幹は変わらないんだと思うんです実際」
その根幹を揺るがすような出来事がありました。今年1月27日、店舗を半焼するほどの火災が発生したのです。
客
「すぐそこなんで見てたんですけど、やっぱり煙が凄い出てきてそれから換気扇の所から火が出てきて、やっぱり恐いというか凄いなと思って見てました」
小笠原さん
「目眩がしたってあの時だと思うんですけど、煙見たときは真っ白じゃなくて目もクラクラしたけど、消防さんの声が聞こえて、ハッと我に返って」
けが人はなく、わずか6日後の2月2日に 営業を再開。復旧作業が、急ピッチで続いています。
小笠原さん
「やっぱりお客さん達に迷惑をかけているので、やっぱり早く再開するっていうのが1つ、課題とかにしていたので皆さんに感謝してますしまた、今回のことがあっても商売続けていられるっていうのが、いいお客さんとかいい業者さん達に助けてもらってる、やっぱりそれは感謝しかないって思いますよね」
地元の人も、期待を寄せます。
客
「この辺って、ここしかない。何にもあと買う所がない。社長に頑張って欲しいですね。(笑)」
小笠原さん
「すいません。ありがとうございます。」
"安い"だけではない、買い物をする楽しみがここにあります。
小笠原さん
「こんな小さいお店が、長く商売続けるって、今の時代なかなか難しいんで、やっぱり店はお客さまのためにあるで商売を続けていく、あとはやはり、今いる仲間・従業員と社員と頑張って、お客さんに喜んでもらえる商売をしていきたいなって思ってます。それが、未来永劫続けていけるっていうのが、今私ができるベストかなと思ってました」
物価高騰の 時代に「良い品を 安く」提供する"お客さんファースト"の スーパーです。
今回は、値段の安さが人気の西和賀町のスーパーです。「いいものをより安く」という先代の教えを胸に奮闘する4代目の社長に密着しました。
社長 小笠原東さん
「客商売向きだべってよく言われるんですけど、本当は嫌いでした(笑)」
開店と同時にお客さんが詰めかける、『スーパー オセン』。行商からの 始まりでした。現在の場所に移ってからも長きにわたり地元住民から愛され続けています。
客「安いですね。安いし店員さんも会計早いし」
安さには、理由があります。
小笠原さん
「ここまで来るお客さんの、ガソリン代ぐらいは出さないと困るかなと思うので、安くしてるつもりだし、その分たくさん買ってもらいたいなって思ってました」
2004年には、北上店を オープンしました。北上は、商売を始めた初代ゆかりの地だからです。
東京のスーパーで修業して、実家に戻った4代目の小笠原さん。社長に就任したのは、4年前。先代から突然、バトンを渡されたのです。
小笠原さん
「先代からは、もう肉体労働だからもう誰でもできるし一生懸命やれば何とかなるから、飯だけ食えるようになれよと言われたので、商売に対してとか色んな事に対して厳しい人でしたね、やっぱり。ただ、それが愛情とか愛があるんだなと思うんで、いい本当、親だったんではないかなと思いますけど、息子としたら」
午前5時半。『盛岡市 中央卸売市場』に、小笠原社長の姿が ありました。社長自ら、仕入れに出かけているのです。市場に通い続けて 20年ほど。情報交換をしながら、その日旬な魚介を 見極めます。
小笠原さん
「何を売ろうとかいうのは市場に来てみて あるものを買うって感じ。あとは元の値段を相談して。たいしたことないのに値段だけ高かったら無理して買わない」
「じゃあどうも。」
商品を積み終えたら、社長自らが運転して西和賀へと向かいます。
社員「社長密着ですか?」
小笠原「うるさいよ。お前だ(笑)」
開店までは、およそ30分。店内では 従業員が、開店準備に 追われていました。
その頃 小笠原社長は、調理場で 魚をさばいていました。
小笠原さん
「今いる古参の社員から聞いたりとか、あとはお客さんから聞いたりとか。魚切りは、そんなにできなかったんですあっち(東京)では。でこっちに帰ってきて色々教えてもらいました」
先代の教えを、忠実に 守っています。
小笠原さん
「いいものをより安く。安くいいものを買う。それだけしか教えてもらわない ので、これしかやれないなと思ってました。ただ、時代もあるので、その時代の流れとか流行みたいなのかは、少しずつ入れたりとかあるんだと思いますけど、商売自体の根幹は変わらないんだと思うんです実際」
その根幹を揺るがすような出来事がありました。今年1月27日、店舗を半焼するほどの火災が発生したのです。
客
「すぐそこなんで見てたんですけど、やっぱり煙が凄い出てきてそれから換気扇の所から火が出てきて、やっぱり恐いというか凄いなと思って見てました」
小笠原さん
「目眩がしたってあの時だと思うんですけど、煙見たときは真っ白じゃなくて目もクラクラしたけど、消防さんの声が聞こえて、ハッと我に返って」
けが人はなく、わずか6日後の2月2日に 営業を再開。復旧作業が、急ピッチで続いています。
小笠原さん
「やっぱりお客さん達に迷惑をかけているので、やっぱり早く再開するっていうのが1つ、課題とかにしていたので皆さんに感謝してますしまた、今回のことがあっても商売続けていられるっていうのが、いいお客さんとかいい業者さん達に助けてもらってる、やっぱりそれは感謝しかないって思いますよね」
地元の人も、期待を寄せます。
客
「この辺って、ここしかない。何にもあと買う所がない。社長に頑張って欲しいですね。(笑)」
小笠原さん
「すいません。ありがとうございます。」
"安い"だけではない、買い物をする楽しみがここにあります。
小笠原さん
「こんな小さいお店が、長く商売続けるって、今の時代なかなか難しいんで、やっぱり店はお客さまのためにあるで商売を続けていく、あとはやはり、今いる仲間・従業員と社員と頑張って、お客さんに喜んでもらえる商売をしていきたいなって思ってます。それが、未来永劫続けていけるっていうのが、今私ができるベストかなと思ってました」
物価高騰の 時代に「良い品を 安く」提供する"お客さんファースト"の スーパーです。
最終更新日:2025年4月1日 18:45