リタイア選手も続出…100キロ走る「ウルトラマラソン」大会に密着 山形県
山形県山形市の山寺を出発して蔵王温泉を含む全長100キロにも及ぶコースを走る「ウルトラマラソン」と呼ばれる大会が開催されました。リタイアする選手も続出するという過酷な大会で繰り広げられたドラマを取材しました。
今月20日午前5時半。多くのランナーがスタートの時を待っていました。
ランナー「きょうは宮城から来ました。不安もありますが、頑張って完走したいと思います」
ランナー「新潟からです。朝来ました。桜が見られるのが楽しみです」
大会を企画した山口馨さん。
山口さん「100キロ走るような大会が東北で山形にだけ無かった。山形に作りたい思いがあって、自分たちでやろうと」
ことしで6回目を迎えた大会には、52キロ、101キロ、110キロの3つの部門におよそ300人が参加しました。
101キロの部のコースです。山寺を出発した選手は、立谷川沿いを西に進み、中山町の県野球場を通過。その後、南に進路を取り、一路、上山市を目指します。その後、標高1000mを超える高さまで登り、蔵王温泉へ。この後、北に進路を取り、西蔵王高原ラインを下った後は馬見ヶ崎川河川敷を経由して山寺に戻ります。制限時間は14時間。
スタート直後、選手たちを満開の桜が出迎えます。時折花びらの舞う中を、選手たちは軽快に駆け抜けていました。
毎年ボランティアで選手をサポートしている佐藤慎太郎さんは、山形市内で老舗菓子店を営んでいます。
佐藤さん「楽しませてもらっています。趣味と実益を兼ねてやっています」
100人を超えるボランティアが大会を支えています。
中山町の県野球場で選手たちは、南に進路を変えます。
ランナー「ペース考えながらなんとかやっています」
山辺町を通過し、山形市西部のアップダウンの多い道を上山市へ。
ランナー「坂がたくさんで楽しかった」
44キロ地点。フルマラソン1本分以上の距離を走った選手たちを待ち受けるのは、標高1000mまで続くのぼりです。
ランナー「ここから上りです。どうしよう。思ったよりもきつい。あと半分頑張りたい。関門引っかからないように自分のペースで頑張りたい」
己と向き合う時間が続きます。
52キロ地点。猿倉スキー場では、名物のジンギスカンが振舞われました。
一方ー。
疲れを見せずそばをすするのは、大会4連覇中の西岡隼選手。110キロの部に出場しながら101キロの選手よりも速いタイムで大会5連覇を果たしました。
登りが終わると今度は長い下りが始まります。膝や腰の痛みをこらえて進む選手たち。
72キロ地点。
ランナー「人生初のウルトラマラソンに息子と一緒に参加しています」
香港からは6人が出場しました。
残り28キロ。ゴールを目指す選手たちにさらなる試練が。
降り出した雨は一気に本降りになります。冷たい雨の中、ゴールを目指します。
そしてー。
100キロを超える距離を走り切り続々と選手たちがゴールテープを切りました。
ランナー「すごくきつい坂が多かったんですけど、無事100キロ走れました。楽しい100キロでした。一気に登って一気に下るジェットコースターみたいで楽しかった」
一方・・・。
エイドステーションごとに設けられた制限時間。時間内に通過出来なかった選手はその場でレースを終えることになります。
およそ3分の1の選手が途中棄権となりました。
冷たい雨と、急激に下がった気温が、選手の体温と気力を奪っていきます。
92キロ地点。夜のとばりが降りる頃。最後の9キロは街灯のない川沿いのサイクリングロード。星明りもない真っ暗な中、選手たちはヘッドライトの灯りだけを便りにゴールを目指します。
そして。見えてきたのはゴールを照らす光です。
ランナー「ゴールありがとうございます。しばらくは走りたくないです。でもまたやるかも」
14時間近くかけてゴールにたどり着いた選手たち。
午後8時の制限時間ギリギリ午後7時57分。
ランナー「ゴール思ってたよりつらかったです。もう完走出来ないかと思ったんですけど、ギリギリで間に合いました」
目には涙が光っていました。
山口馨さん「選手がまた来たいと言ってくれるとパワーをいただいている。来年も走りに来てください」
一人一人に様々なドラマが生まれた山寺蔵王ウルトラジャーニー。大会は来年も4月、サクラの季節に開催されます。