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懐かしのメロディーに愛される人柄 秘蔵映像で紡ぐ浪花のモーツァルトの素顔 キダ・タローさん天国へ

2024年5月16日 18:34
懐かしのメロディーに愛される人柄 秘蔵映像で紡ぐ浪花のモーツァルトの素顔 キダ・タローさん天国へ

 “浪花のモーツァルト”の愛称で親しまれた作曲家のキダ・タローさんが14日、亡くなりました。93歳でした。 タレントとしても人気を博したキダさんに惜しむ声が広がっています。

 作曲家 キダ・タローさん
「キダ・タローは1曲しかヒットがないとかね、いろんなことを言われても、目の前で言われても、どうということはないようになりましたけど」
「(歌詞が)熟成するのを待つ。ほんまは怠け心。できるだけ先延ばし、しんどいことは」

 ♪かに道楽「獲れ獲れ ぴちぴち かに料理~」
 ♪日清出前一丁「あーらよ出前一丁」
 ♪有馬兵衛向陽閣「有馬兵衛の向陽閣へ」

 誰もが聞いたことのあるメロディーの数々……。

 “浪花のモーツァルト”と親しまれた作曲家のキダ・タローさん(93)。

 所属事務所によりますと、キダさんは3月末ごろに体調を崩し、自宅療養中の14日、亡くなったということです。

 1930年、兵庫県宝塚市に生まれたキダさん。20代前半から本格的に作曲を手掛け、CMやテレビ番組をはじめ、企業のテーマソングなど、関西人なら一度は耳にしたことがある曲を世に送り出してきました。

 ♪アサヒペン
 ♪いづもや
 ♪日本海みそ「雪ちゃんの唄」
 ♪ジャンボカラオケ広場
 ♪くいだおれ

 キダ・タローさん
「人生に笑いは不可欠である。笑いのない人生ほどつまらんものはない」

 また坂田利夫さんの出囃子なども手掛け、作曲数の実数は、生前「わからん」と言いながらも、自称で5000曲以上。

 キダ・タローさん
「曲のパターンというのは2回繰り返すのが基本的パターンなんです」

 ♪2時のワイドショー
 
 テレビ番組のテーマソングは『2時のワイドショー』など数知れず。

 ♪ノンストップゲーム
 ♪花の新婚!カンピューター作戦
 ♪プロポーズ大作戦

 在阪のテレビ各局から「困ったらキダさんに頼め」とも言われる存在でした。

 個性的なキャラクターと歯に衣きせない言動でタレントとしても、長年関西を中心に活躍。

 キダ・タローさん
「♪どちらにしようかな(Q、その続きは?)知らんいうてるやん。やっぱり全国で聞いてはるから、ちゃんとした人に聞かな。ちゃんとしてないって言うんかい!」

 愛のある“毒舌”も人気を博しました。そして猛烈な愛妻家としても知られたキダさん。妻・美千代さんとのなれそめについてこんなエピソードも。

 妻・美千代さん
「何もプロポーズなんかされていません。私の母親に結婚を申し込みに行ったそうなんです」

 キダ・タローさん
「やっぱり一番影響力のある人をまず見つけて、その方の影響で、こっちを向かそうと思いましてね」

 美千代さん
「27~28年お付き合いしてるけど、いまだにわからん部分の多い人ですね。極端な厳しさと極端な優しさが同居してる人なんですよ」

 キダ・タローさん
「うちの嫁さんが、がんになったとします。私は、絶対に言いません。相手のためについたウソですから。 私は、良いウソやと思います」

 キダ・タローさん
「嫁さんより先に死にたい。私が死んだと分かっても、飲めや歌えやと和やかに(してほしい)」

 最後は、50年以上連れ添った妻・美千代さんに看取られ、旅立ちました。

 キダ・タローさん
「見渡す限り花園や。ええとこやな。もっとはよ来たらよかった」

 数々のCMソングを手掛けたキダさん。
 
 創業700年、老舗旅館のCMも関西お馴染みソングとして多くの人から愛されています。

 兵衛 向陽閣 風早和喜 社長
「歌いやすいですしね。1回聞いたら記憶に残る。宝物と言ってもいいかもしれないですね。♪有馬兵衛の向陽閣へ、失礼しました」
            
 道頓堀のかに道楽。毎日店内で流れる誰もが知るこの曲も、キダさんが作りました。

 埼玉から来た客
「『♪獲れ獲れぴちぴち』という曲か流れていたので、選びました。(Q、関東でも聞いたことが?)千葉とか東京とかで聞いたことがある」

 かに道楽 道頓堀本店 小林泰三 店長
「(客が)訃報を聞かれて、店に直接電話もいただいてますので、すごく皆さんの心の中に残る曲だと感じています」

 また、企業だけでなく行政からもひっぱりだこだったキダさん。大阪府四條畷市の歌「いま ここに」も、1990年、キダさんの作曲です。

 四條畷市 企画広報課 鈴木信一 課長
「当然、市民のみなさんも(キダさんを)たくさん知っていらっしゃいますので、なにげに防災無線に流れているこの市歌に対しても親しみを持たれている方も多いのではないか」

 今でも市内では毎日、正午を知らせる音楽としても親しまれています。

 生み出してきた曲と共にその人柄も愛され続けています。

 街の人 
「浪速のモーツァルトですよね」
「小さい時からいらっしゃるのが当たり前じゃないですか。ずっといてくれるような気がしてました」
「『獲~れ獲~れ、ぴ~ちぴ~ち、カニ料理~』あの人はなんていうのインパクトのある。ああいうのとかね。もっと作ってほしかったな~」
「今まで楽しませてくれてありがとうという感じですね」

 芸能界にも影響を大きく影響を与えたキダさん。

 生前の上岡龍太郎さんがキダさんについて語った言葉は……。

 上岡龍太郎さんの言葉
「キダ・タローのことを"なにわのモーツァルト"なんて言う人がいるけど、もし、モーツァルトがあと200年後に生まれていたら、今ごろ、モーツァルトは "ウイーンのキダ・タロー"と呼ばれていただろう」

 キダさんの所属事務所も15日、追悼の動画を公開。古くから親交がある円広志さんとこんなやりとりも…。

 円広志さん
「5000曲書いたはウソですか?」
 キダ・タローさん
「5000曲は軽く超えてる。タララララ~という曲があるとせえや。タララララ~としたら(メロディーを変えたら)いいわけや」

 円広志さん
「面白い人でしたね。人に言わせると『1万曲書いているんや』ということらしいです。『え?ホンマですか?誰が言ったんですか』と聞いたら、『わしが言うたんや』って笑っていました。けったいな人ですわ。自分の生きざまというか美学をもっておられる、ある意味では、めちゃくちゃ二枚目の方なんですよ、大スターですよ。自分の弱みも見せないし、お亡くなりになりましたけど、『老衰という言葉を絶対に言うな』と僕は言われました。『どう言ったらいいんですか』と聞いたら、『自然に死んだと言うように』と。ようわからん。はっきり言ってさみしいですよ。キダ先生も最後まで二枚目で通しましたから、お疲れさまでしたとしか言いようがないですね」

 キダさんが残してきた数々の作品たちはこれからもお茶の間で愛され続けていきます。

 キダ・タローさん
「いつまでたっても仕事はうまくいかへんですね。非常にもっとやらなあかんなと思っています。これビデオに撮ってるんですけど、またあとで家内と見て、あかんわーって、二人で話し合うんです」

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