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【深堀特集】奈良のシカは“神の使い”か“害獣”かー 深刻化する被害に農家悲鳴「せっかく1年かけて育てたのに…」一方、保護施設では相次ぐ衰弱死 “両立”求める現行制度が破綻の危機、求められる打開策は?

2023年12月12日 20:00
【深堀特集】奈良のシカは“神の使い”か“害獣”かー 深刻化する被害に農家悲鳴「せっかく1年かけて育てたのに…」一方、保護施設では相次ぐ衰弱死 “両立”求める現行制度が破綻の危機、求められる打開策は?
奈良の文化に異変

 1200年以上前の奈良時代から、“神の使い”としての歴史を歩んできた奈良のシカ。室町時代には「神鹿を殺した人は死刑」とされたほどで、いまも国の天然記念物として手厚く保護されています。

 一方で、深刻な農業被害を引き起こす害獣としての側面もあります。奈良市内の農家は「こちらとしては害獣ですよ。神の使いという昔話を聞かせてもらっても…」と憤ります。

 さらに、シカを収容する施設では、勤務する獣医師が「骨が浮き出るほど痩せ、衰弱死するシカが相次いでいる」実態を告発。

 奈良のシカは、“神の使い”か“害獣”か―。悩ましい線引きのあり方を「ゲキ追」しました。(取材:尾坂 健太郎、神田 貴央、属 ちひろ)

「殺せないから追いかけるだけ」相次ぐシカの農業被害、3トン以上の収穫断念も…「怒りがこみあげてきて…」

 取材班が向かったのは、奈良公園から10キロ以上離れた京都府との県境に位置する、奈良市北東部の柳生地区です。ロケット花火を林に向かって打ち込んでいたのは、シカの被害に悩む農家でした。「シカへの脅しや。殺せないから追いかけるだけ」

 この地区では今年、シカによる農業被害が相次ぎました。農家の一人は、シカに倒された柵について、「あれは上から(柵を)飛び越そうと思って、足でひっかけて倒したところですね。簡単に飛び越えたり、足でひっかけて切ってしまったり、難しいですね」と頭を悩ませていました。

 次に案内された先にあったのは、葉や茎が食いちぎられるなど、シカに荒らされた大豆の畑です。農家は「一か月前ぐらいから徐々に食べにきて、今こういう状態。せっかく1年かけて育てた作物をやられると怒りがこみあげてきて…。天敵ですね」と話しました。

 そこから、奈良公園に3キロほど近づいた地域では、さらに被害が深刻でした。コメ農家の男性は、3トン以上の収穫を断念せざるを得なかったといいます。「(損失は)80万円くらいかな。シカがくるのは昔から多かったですが、いまの増え方は異常」だといいます。

奈良のシカは“神の使い” エリアで線引きされる、「保護」と「殺処分」

 奈良時代の768年、神様が白いシカに乗って奈良の地に現れたという伝説から、奈良のシカは神の使いとして大切に保護されてきました。農業被害が深刻でも国の天然記念物に指定されていることから、捕獲して殺処分するハードルは高いのです。

 奈良公園や、春日大社、東大寺などがある奈良市の中心部から、東に5キロ以上離れた地域まで、一切の殺処分は禁止です。さらに、中心部から10キロ以上離れた京都府との県境などを含むエリアでも、全体で年間180頭までの殺処分に制限されています。

 ことし10月、このエリアでシカが捕獲されたと聞き、奈良県猟友会のメンバーと現場へ向かいました。檻には、1歳半くらいのメスのシカが捕らえられていました。

 奈良県猟友会の中川徹会長は檻に貼られた書類を指差しながら、「有害駆除の許可証がなければ捕れません。被害を止めようと思うと駆除しかありません。追い払って逃げて行ってもすぐ戻ってきます」と話します。

 シカは、まったく捕獲しなければ4年で約2倍に増えるほど、繁殖力が強いとされています。年間180頭の殺処分では、農業被害は収まっていません。

 実際、猟友会が開いた新人ハンター向けの講習会には、シカの被害に悩み狩猟免許を取得したという農家の姿が多く見られました。

 参加した農家からは「(シカが)ブドウの木を荒らすんですよ。ダメになった畑が2つある」「自分の畑を守るためには自分でやっていかないとしょうがないと思います」などといった声が聞かれました。

 シカを狩りたい人は増えている一方で、年間180頭という制限が重くのしかかります。

Q.シカが減っている実感はありますか?
(奈良県猟友会 中川徹会長)
「ありません。まだ横ばいより増えているんじゃないですか。エリアを考えるか、捕獲数をいまよりももう少し増やしたら、効果はやっぱり出てきますわね」

骨が浮き出るほど痩せて…捕獲されたシカの収容施設も “破綻” 「頭数増加が続く限り、良い衛生環境を作り出すことは不可能」

 さらに、シカの殺処分が一切できない奈良公園の周辺では、農業被害を引き起こしたシカを生きたまま捕獲すると決められたエリアがあります。

 そこで捕獲されたシカは、奈良公園の一画にある「特別柵」と呼ばれる施設に収容されます。農作物の味を覚えたシカは被害を繰り返す恐れがあるとして、死ぬまで特別柵から出られません。

 このシカは、日頃から保護活動を行う、奈良の鹿愛護会が管理していますが、収容されるシカは増え続け、230頭に上っています。 その結果、一部のシカは骨が浮き出るほど痩せるなど、飼育が行き届かなくなっていました。奈良県と市が、施設で働く獣医師からの告発を受け実態を調査したところ、昨年度、65頭ものシカが相次いで死んでいたことが明らかになったのです。

 市は、エサと糞が混じったり、水が汚れていたりするなど衛生環境に課題があるとして、改善を求める行政指導を行いました。

 この調査結果に対し、行政の方針に従って特別柵を運用していた愛護会側は強く反論しました。

(奈良のシカ愛護会 山崎伸幸事務局長)
「頭数の増加が続く限り、(良い)衛生環境を作り出すことは不可能です。当会が特別柵の中で収容するのであれば、上限は何頭にすればシカにとって快適な環境であるのか科学的知見をご教示いただいて、そういった指針に基づいて当会は運営をしてまいりたいと思います」

 シカの飼育は、どれほど大変なのでしょうか。ニホンジカ6頭を飼育する和歌山城公園動物園では、1日あたり1人から2人の飼育員が1頭1頭の特性や体調にあわせた飼育を徹底し、掃除も1日2回行っています。

 ここではエサを与える際、3か所に分けて置くことでまんべんなくいきわたるようにしているということです。エサの奪い合いを避け、弱い個体でも十分に栄養を取れるよう配慮しています。また、気性が荒く角の生えたオスのシカに対しては細心の注意が必要だといいます。

(和歌山城公園動物園飼育員 阿波夏凜さん)
「角で喧嘩するなどしてケガをする可能性があるので、事前に隔離するとか過剰に接触しないように配慮しています」

 一方、奈良のシカの特別柵で、230頭のシカに対応する愛護会の職員は、わずか6人です。その上、奈良公園の周辺でけがをしたシカの保護や出産への対応、パトロールなど、シカを守る仕事を一手に引き受けています。

 予算も限られる中、5000平方メートルほどある特別柵の衛生環境を整え、ケンカやエサの奪い合いなどのトラブルを全て防ぐことは難しいと訴えます。

(奈良の鹿愛護会 山崎伸幸事務局長)
「6人全員が出勤する日はほとんどありませんので、2人か3人で全体を掃除していますし、人的な面では群れを一頭一頭(体調や性格を)見て管理するというのはできない状況です」

保護と農業被害の防止、両立を図ってきた制度が破綻寸前…打開策は?

 シカの保護と農業被害の防止、その両立を図ってきた制度が破綻しつつあり、打開策が求められています。シカに発信機を付けるなど、奈良のシカを30年以上研究する北海道大学の立澤史郎特任助教は、保護するシカの対象を現行制度のようにエリアで区切るのではなく、1頭ごとに管理する方法もあると提言します。

(北海道大学 立澤史郎特任助教)
「いまペットだけではなく野生動物にもマイクロチップを入れるという(事例もある)。例えば年をとった個体がどのくらい、今年生まれた子どもがどのくらいいるかどうかなど、しっかり保護のための管理ができると思います」

 文化庁は、奈良のシカを天然記念物に指定した際、主な生息地を「(旧)奈良市一円」としていましたが、その具体的な根拠は明らかにされていません。奈良市内の広い範囲にかかる規制は、適切なのでしょうか。

 11月25日、年間180頭の殺処分に限定される地域で、1頭のシカが罠に捕らえられていました。すでに殺処分の上限に達しているかどうかで、生きるか死ぬかの運命が決まるこのシカは―“神の使い”か、“害獣”か。

(「かんさい情報ネットten.」2023年12月5日放送)