タテ読みマンガ…マンガ市場の新たな可能性【SENSORS】
「タテ読みマンガ(ウェブトゥーン)」とは、スマホで垂直方向にスクロールして読むために最適化されたマンガのこと。タテ読みマンガの世界の市場規模は約5000億円で、今後5年間で4兆円規模に達すると見込まれている。なぜ今、タテ読みマンガが注目されているのだろうか。タテ読みマンガを手掛けるクリエイター、編集者、プラットフォーマー、制作会社らが集まり、その背景を深掘りした。
■言語に縛られず読みやすい タテ読みマンガの魅力
タテ読みマンガの配信プラットフォーム「LINEマンガ」を運営するLINE Digital Frontierの山下勝也さんは、タテ読みマンガに注目する理由として、スマホでの読みやすさとグローバル市場への適応性を強調する。
「スマホで読むことに特化したフォーマットなので、隙間時間で読むのに適しています。さらに、グローバルに展開できる点も魅力です。ヨコ読みマンガは言語の違いによって右開きが読みやすいのか、それとも左開きか違いが生じますが、タテ読みマンガはどの国でも受け入れられやすい。国内に閉じず、世界の市場で戦える可能性を感じます」
実際に、インターネット上でマンガを読む利用者のデータを見て、タテ読みマンガを避けて通れないと感じたのは、マンガの編集を手掛ける株式会社コルクの佐渡島庸平さんだ。
「韓国でタテ読みのムーブメントが拡大していく様子は見ていましたが、タテ読みが表現として本当に豊かなのか、4〜5年悩んでいました。しかし、自社の関連するマンガの配信サイトの中で、タテ読みと見開きの両方を配信していると、タテ読みの離脱が驚くほど少ないことを発見しました。ユーザーの行動データを見て、タテで読みだしたら見開きには戻らないだろうと思いました」
20年以上マンガの編集者として原稿と向き合ってきた佐渡島さんにとっても、タテ読みマンガは“読みやすい”という。
「タテと見開きの作家それぞれから原稿が送られてきますが、タテ読みの原稿はすぐに読んで返信します。一方で、見開きだと会議の間の移動時などに読み切れないので、あとで返信しようと思って忘れてしまう。僕が一緒にやっている見開きの漫画家は大物なので面白い原稿が来てるのですが、面白い原稿は後回しで、読みやすい原稿から先にフィードバックしてる」
「この読みやすさに慣れてしまうと、もう戻れない。僕らが今、モノクロ映画が映画館で上映されても、よほどのことがない限り行かないじゃないですか。それと同じことが漫画でも起きると思います。タテ読みの習慣が先についた若い世代は見開き読まなくなっちゃうだろうなと」
■新たな表現方法から、新たな才能が生まれる
タテ読みマンガは、コマ割りの仕方や“間”の取り方など、従来のヨコ読みマンガと表現方法が大きく異なる。制作・配信を手掛ける株式会社ソラジマ 共同代表の前田儒郎さんは、クリエイターが新しい表現を模索すること自体の面白さを指摘する。
「日々タテ読みだからできる新しいアイデアが生まれています。例えば、スクロール中の目線の動きを踏まえた最適なセリフの位置や、インパクトのあるシーンをどう見せるかといったことです。誰も正解を知らないと、誰かが新しいことを見つける。アメリカ大陸を見つけるみたいな感じで。新たな才能が生まれるかもしれないことにも大きな可能性を感じています」
一方で、編集者としてタテ読みとヨコ読みのどちらも手掛けてきた佐渡島さんは「僕は差をもって作っていない」と話す。
「縦スクロールのほうが早く読める必要があるので、テンポは少し違うと思います。ただ、それは見開きの時代でも、週刊誌なのか、月刊誌なのかでも違いました。漫画家の創作する力がどうすれば向上するのか。数をこなすことで上がるという考え方もあれば、僕の場合はじっくり話し合って、その作家らしさみたいなものを見つけることで、その先で生まれていく創作がうまくなっていくんじゃないかと考えています」
■分業で広がる新たな市場
従来の漫画と比較して、タテ読みマンガは分業が進んでいる。個人では難しかったような、フルカラーで膨大なコマの描き込みがあるような連載をすることもできる。その結果、原作、着色、キャラクターデザイン、衣装デザインなど、それぞれの得意分野を活かして制作できる。それは従来のドラマや映画を制作するプロセスにも通じる。
一方で、分業制の制作で偉大な作品が生まれるのか、佐渡島さんは問いを投げかける。
「タテ読みマンガが進んでいる韓国の分業制が注目されていますが、韓国ではプラットフォーム自体が開かれていて、スタジオが分業制で作るマンガだけではなく、個人が作るマンガもあります。個人が原稿料ももらわずに何十週も作っていたら、気がつくとすごく面白いものが生まれていたということもあります」
山下さんは、作り方の選択肢が広がったことに可能性を感じるという。
「そういう意味ではまだセオリーが確立されていない分、タテ読みマンガにはいろいろな可能性があるのではと思っています」
■タテ読みならではの人気ジャンルは?
隙間時間に見つけて、気に入ったら一気に読む。少し見て興味がなければ離脱する。従来のマンガから消費行動が変化している中で、どのようなジャンルが人気なのか。山下さんに聞いた。
「話の内容として最近多いのは、弱かった主人公が強くなって敵を倒すとか、不倫の復讐モノなど、サクサク読めて読後にスカッとする作品です。最近では、女性向けロマンスファンタジーの人気も高まっています」
タテ読みマンガでは特定のジャンルのみが読まれる傾向があり、佐渡島さんは制作サイドとしてそこに難しさも感じているという。
「刑事モノやサスペンスのジャンルは、ドラマや映画、マンガで一定の人気があります。以前、そのジャンルで絵もかなり気合を入れたタテ読みマンガを作ったのですが、全然興味を持ってもらえなかったことがあります。この作品を出すときに、ジャンルをどうしようかすごく悩んだ。雑誌でマンガを出すときは、1雑誌の中で25など、ジャンルが被らないように編集部がバランスを取るのですが、タテ読みプラットフォームだと、アクションや異世界転生など、実質は4ジャンルくらいの中で読者に選んでもらうという仕組みになっています。そのジャンルとして違和感があると、読み続けてもらえない」
「興味を持ってもらえるかどうかが、ストーリーや絵の質と関係なかったりもします。タテ読みマンガは基本はアプリで読まれるので、アプリの中で話題になっているジャンルに注目がより集まりやすく、新しい物語のジャンルをどうやって話題にしてもらえばいいのか、模索中です」
アプリや特定のサービス内で完結しているため、社会とのつながりを感じられず、それがモチベーションにも影響していると続ける。
「社会と接続してないところでヒットがあるという感じが強くて、いくら読まれても世の中の話題につながる感じがありません。僕にとってコンテンツを作る楽しさって、コンテンツをきっかけに社会の空気を変えることだったんですよね。ですが、コンテンツのヒットと社会の空気が関係がなくて、とにかく売れそうなコンテンツを企画するということに、うまくモチベーションが湧かなくて。プラットフォームも閉じたヒットを作りたいと思っているわけではないので、同じ課題意識を持っていると思いますが、どうしたら打破できるだろうか課題意識があります」
プラットフォーム運営者として、課題感に山下さんも共感する。
「アプリ内で人気になった作品の名前を、タテ読みマンガを読んでいない人が知っているかというと、まだまだ追いついていないかと思います。超大ヒット作品、日本国民誰もが知っているような作品がタテ読みマンガから生まれてくると、もう一つステージが上がって、世の中に受け入れられることが増えるという期待感はあります」
■「作品と社会の問題とどう接続するか」
受け入れられる鍵は“社会性”にあるかもしれないと佐渡島さんは語る。
「作品と社会の問題とどう接続していくのか。ヒットするものには社会の空気感や感情とのつながりがありますが、タテ読みマンガ全体が社会性を帯びてない一面もあります。例えば、復讐モノは、自分たちは苦しんでいるので法律関係なく相手も苦しめていい、みたいな価値観で、今までの物語が持っていた正義感と違う正義感が認められてるジャンルだと感じています。そこはコンテンツを作るときの軸が違うから。どちらが正しいとかではありませんが、“社会が求めているもの”を作るのか、“社会をこのようにしたい”と考えて作るかの違いです」
「例えば、『少年ジャンプ』の創刊背景には、戦争を起こさせない考えをいかに子どもたちに持たせるか、という気持ちがあったそうです。一方で、今はSNSでもヘイトの言葉が溢れている。それはヘイトの人たちが“いいね”をし合うから。何もないところでツイートするよりは、ヘイトのツイートをした方が注目が集まりやすかったりする。これと同じ様に、社会の望んでいるものを作ったほうが売れるので、コンテンツ全体がそちらに傾倒していると感じます」