【特集】家を借りられない高齢者たち 「65歳を過ぎると難しい…」居住支援の現場にカメラが密着
いま、高齢者の一人暮らしが増えています。厚生労働省が去年発表した調査によると、65歳以上の単身世帯は873万世帯と過去最多を記録。さらに、内閣府の高齢社会白書では、直近10年間で約200万世帯も増え、今後も増え続ける見通しとなっています。そんな中、深刻化しているのが、家を借りられない高齢者の存在です。
■高齢者が家を借りられない複雑な事情
65歳以上専門の不動産会社・R65不動産が行った調査によると、高齢者の4人に1人以上が年齢を理由に入居を拒否された経験があるといいます。また、高齢者の中には健康上の問題や金銭的な理由などから住む家があっても同じ場所に住み続けられないという事情も。超高齢化社会が本格化する中、住まい探しを支援する現場を取材しました。
■“高齢者の駆け込み寺”居住支援法人の取り組み
6年前から東京・多摩地域を中心に活動する居住支援法人の「高齢者住まい相談室こたつ」では、介護福祉士や宅建の資格を持つ4人の職員が入居の相談から転居に至るまで一貫して支援しています。年間の相談件数は約150件。高齢者は様々な事情を抱えてやってきます。
高齢者住まい相談室こたつ 松田室長
「経済的な部分 身体的な部分。身内がいない、いても疎遠であるとかそういったことが本当に複合的になっている方が困られている」
■50年暮らした家から突然の立ち退き
一人で都内のアパートに暮らす76歳の男性。3か月前からこの部屋で暮らしていますが、転居するまでには多くの困難が。
50年暮らしたアパートの家賃は5万5千円。月10万円の年金で同じ家に住み続けることは経済的に難しいと感じていました。そんな時、大家から告げられたのが、建物の老朽化による立ち退きです。
76歳の男性
「悪いことしていなくて自分なりには生きてきたつもりだけど、こういう思いをさせられるんだって(立ち退きの業者には)冗談で言ったけどね」
退去までの期限は、6か月。大家は立ち退き料として引っ越し代や転居先の家賃2か月分などの補償を約束してくれました。しかし…50年ぶりの住まい探しでは、厳しい現実を突きつけられました。
76歳の男性
「(紹介できる物件は)ないよってくらいの対応ですよね不動産屋さん、特に大家さんも嫌なんじゃないですか。65歳を過ぎると。そこまで年齢っていうのは追い込まれる」
3か月以上探しても物件は見つからなかったと言います。自力で探すことに限界を感じた男性は、地域包括支援センターを訪ね、高齢者住まい相談室こたつのサポートを受けることに。
年齢の他に障壁となっていたのが、身元保証人となる家族がいないことでした。そこで、支援する吉田さんは男性が定年まで勤めた会社の社長に相談したところ、社長が緊急連絡先を引き受けてくれることに。また、社長と物件の管理会社に面識があり、なんとか今のアパートを借りることが出来ました。ただ、このようにして家が見つかる事は少ないと言います。
■「一階の物件に引っ越したい」さらに経済的な問題も…
60歳の女性が一人で暮らす都内のアパート。加齢によって足腰が弱くなり、1階の物件へ引っ越したいという女性。最も不安だったのは、経済的な問題です。
女性は数年前に父親が亡くなり、実家の売却金を取り崩して生活してきました。若い頃から虚弱体質で働くことが難しく、福祉の援助も受けている女性にとって月8万5千円の家賃の支払いは負担が大きいと言います。
転居を検討している60歳の女性
「貯金で何とかなっているから、(年金の受給開始を)65歳にするかなって思ったんだけど、多分 65まで今の貯金、無理かなって思っているので…」
住まい探しを行うにも女性は独身で身近に頼れる親族や知人がおらず、身元保証人や緊急連絡先を頼める人がいませんでした。そこで、こたつの吉田さんが提案したのが、一般社団法人が行う身元保証の代行サービス。22万円の契約金などを払えば、病院の付き添いや緊急時の駆けつけ支援など幅広いサポートを受けることが出来ます。
担当のケアマネージャーと説明を聞いた女性は数日考えた後、契約を結ぶことに。しかしこの数日後。急性胃腸炎で緊急搬送され、入院することに。女性は契約していたことで、入院の手続きなど支援を受けることが出来ました。今後は、体力の回復を待って部屋の内見に行く予定だと言います。
■高齢者へ貸し渋りする理由
そもそも、不動産会社や大家が高齢者を敬遠する理由は何なのでしょうか?国土交通省の調査によると、高齢者の入居に対して賃貸人の7割近くが拒否感を示していることが分かりました。主な理由の一つが、居室内の死亡事故に対する不安です。
仮に居室内で孤独死が起きた場合、原状回復にかかる費用は最大で450万円といわれ、その費用を大家が負担するケースも少なくないのです。また、入居者が残した持ち物の処理に関わる問題や事故物件になった場合は家賃収入が減ってしまう問題。これらが高齢者への貸し渋りに繋がっていると考えられています。
■大家が高齢者を入居させるメリットも…
65歳以上専門の不動産会社の代表、山本遼さんは高齢者の入居であっても大家にはメリットがあると言います。
R65不動産 山本代表
「例えば 学生さんって4年くらいお住まいなんですが、ご高齢の方の平均入居年数って約13年といわれています。(年金によって)収入も支出もほとんど一定なので、ご高齢の方で(家賃を)滞納されるっていう方は(自分が担当したケースでは)ほとんどいらっしゃらない」
また、最近では様々な見守りサービスがあることで高齢者が孤独死するリスクも軽減され、理解を示す大家が出てきていると言います。
■高齢者ならではの転居の理由
住まいがあっても高齢者ならではの理由で転居しなければならないことも。この日、5か月ぶりに退院する76歳の男性は、身体的な問題で転居することに。一昨年、男性は2階のアパートの階段から転落。大怪我をし、要介護5の認定を受けました。こたつでは、1階の部屋に住めるように2年前から居住支援を続けてきましたが、その後も転倒による骨折で入退院を繰り返し、高齢者向けの施設を探すことに。
76歳の男性
「もう足が言うこと聞かないからね。もうリハビリしてもこれは治らんって言われたから」
要介護5の男性が入れる施設を探すこと、およそ1か月。新しくできた高齢者施設が受け入れてくれることになり、実際に見学した男性は、その施設への入居を決めました。
76歳の男性
「(年齢が)60も70もあったら好きなことは言っておれないからね。年金もうちょっともらえればさ、いいんだけど、そうもいかんからね。それなりにいかないとしゃーない」
男性が3か月暮らした自宅では、こたつの吉田さんが手配した引っ越し業者が作業中。立ち会いが難しい男性に代わり、特別に荷造りも手伝います。
高齢者住まい相談室こたつ 吉田さん
「どうしても1人の人だと必要な方はうちでも立ち会ったりすることはあります」
段ボールに詰め込まれていく荷物の中には、男性が10代の頃から集めているという思い出のレコードも。
76歳の男性
「いつか聴いたるかなと思ってんやけど、なかなか…この狭い部屋やと聴くところがないんよ」
取材スタッフ
「施設だったらもしかしたら?」
76歳の男性
「聴けるかもな~。ほんなら聴けたらセットする」
部屋がきれいに片付いていく一方で、男性の胸の内にはある思いが募っていました。
76歳の男性
「人はみんな助け合いだと言うけどさ。やっぱしね、気の毒やで。(自分が)皆に迷惑かけているんだから。こんな体になって初めて気がつくわ。今までそういうことはなかったんやけど」
この日から住み始めるのが、去年9月に開設された有料老人ホーム。2階建ての館内には37の個室がありますが、入居者が殺到し、すでにほぼ満室。各居室には呼び出し装置があり、スタッフが万が一の時に備え、24時間待機しています。
男性が受け取る年金は月15万円ですが、施設の月額利用料は、要介護5のこの男性の場合17万円。足りない分は数百万円の貯金から補填して可能な限りこの場所で生活を続けるつもりです。
76歳の男性
「やっぱり落ち着くわな。(自分の住まいが)あったら気持ちがね、これでゆっくり寝られると思ったら」
■超高齢化社会に突入。来年には、国民の約5人に1人が後期高齢に…
居住支援の活動は広がりを見せ始めていますが、高齢者からの相談は後を絶たないと言います。
高齢者住まい相談室こたつ 松田室長
「今までやってきている事を愚直にやり続けるということと、そこにしっかり国は予算をつけてくれるとか、そういったことがやっぱり必要だと思うんですね」
来年には、国民の5人に1人が75歳以上という、超高齢化社会に突入します。今後さらに、一人でも多くの高齢者を社会から孤立させない取り組みが必要とされています。