“桐島聡”名乗る男 「韓国産業経済研究所」爆破事件への関与否定
1970年代の連続企業爆破事件で指名手配されている桐島聡容疑者を名乗り、29日に死亡した男が、手配の容疑となった1975年の爆破事件について、関与を否定していたことがわかりました。
「東アジア反日武装戦線」のメンバー・桐島聡容疑者は、1975年の「韓国産業経済研究所」爆破事件に関わったとして指名手配され、50年近く逃亡しています。
その後の捜査関係者への取材で、神奈川県の病院に入院中に桐島聡容疑者を名乗り29日に死亡した男が、死亡する前、警視庁公安部の任意の聴取に対して、「韓国産業経済研究所」爆破事件への関与を否定する一方、大手ゼネコン間組を狙ったほかの爆破事件については、関与をほのめかす話をしていたことがわかりました。
また、男は一連の事件について「後悔している」「一人で逃亡していた」とも話したということで、警視庁は裏付け捜査を進めています。