【なぜ】消える“学校ウサギ”相次ぐ『飼育放棄』…予算はほぼゼロ、教員の『ボランティア』任せの実態 「命の教育」と「教員の働き方改革」の狭間で責任の所在はどこに?
「命の大切さ」を伝えるため、かつては多くの小学校で飼育されていたウサギ。いま、その“学校ウサギ”の飼育放棄が相次いでいる。「命の教育」をめぐって試行錯誤する教育現場を取材すると、学校が抱える様々な課題が浮かび上がってきた。(報告:有吉優海)
■散乱するフン、変色したエサ…「もっと早く治療してくれたら」相次ぐ“飼育放棄”
2024年6月、大阪府内の公立小学校から2匹のウサギが保護された。
保護したのは、大阪市内でウサギの保護活動などを行う一般社団法人リバティの代表、藤田敦子さんだ。「学校にいるウサギの様子がおかしい」と相談があり、確認に向かったところ、目にしたのは、フンが散乱するコンクリートの床に、捨てられずに変色した古いエサ、薄汚れた水の入った器だった。ウサギにはフンや汚れ、鼻水がこびりつき、目はただれているようで、毛がところどころ禿げていた。
藤田さんが動物病院にウサギを連れて行ったところ、2匹のうち1匹には、結膜炎、皮膚炎、精巣ガンなど複数の病気が見つかった。学校側では継続的な通院や投薬ができず、藤田さんらが引き取ることになった。2匹のウサギにかかった数十万円の治療費は全て保護団体が負担したが、完治することはないといい、「もっと早く治療してくれたら良かったのに」と藤田さんは嘆息を漏らした。
適切な飼育ができなかった理由として、当該の学校関係者は、通院代を支払えなかったことや、世話の手間を負担できなかったことなどを挙げ、「虐待といえる状況だったかもしれない」と打ち明けた。
藤田さんの団体が学校から保護したウサギは、2009年からの約15年間で44匹にのぼる。そのうち3割以上を2023年~2024年の直近2年間で引き取った。多くは、エサが与えてもらえなかったり、不衛生な環境に置かれたり、結果としてケガや病気を抱えても放置されたりする“飼育放棄”の状態だったという。
■ウサギ1匹に年間13万円…「飼いやすい動物」誤った認識はなぜ?
そもそもなぜ、ウサギが学校で飼育されているのか。
学校での指導の「ルール」ともいえる『学習指導要領』では、小学1・2年の生活科で「生き物への親しみ」を育むために、動物飼育をするよう定めている。文部科学省は、指導要領での「動物」には昆虫や爬虫類も含まれるとしているが、約70年前(1958年改訂)の学習指導要領で「飼いやすい動物」の例としてウサギが挙げられたことなどから、飼育が広まったとみられている。
ただ、実際には「ウサギを“飼いやすい動物”とは思えない」と藤田さんは話す。
ウサギの飼育には、こまめな掃除や新鮮なエサ、十分に運動できる広さが必要で、暑さに弱く温度管理も欠かせない。また、ウサギを診ることができる動物病院は限られているほか、アニコム損害保険株式会社が行ったペット年間支出調査では、ウサギ1匹に平均で約13万円の費用がかかるとされるなど、通院費などに多額の費用がかかることもある。
一方で、文部科学省が示す教員向けの資料では、屋外での飼育が前提とされているほか、ウサギの主食とされる牧草が補助食とされていて、一般的には推奨されていない「煮干し」や「ニワトリのエサ」がイラスト付きで挙げられているなど、適切な飼い方が周知されているとは言い難い。
■動物飼育の予算は0円~数千円…現役教員が明かす実態「絶対に良くない環境」
大阪府内の小学校で10年以上ウサギの飼育を担当していた教員は「絶対に良くない環境」と学校飼育の実態を語った。
この教員は“学校ウサギ”の置かれている悲惨な状況を見て飼育方法を勉強したというが、知識があっても、学校に十分な予算はなかった。動物飼育に特化した予算は、府内のほとんどの自治体で年間0円から数千円。PTA会費などから賄う学校もあるが、この教員はエサ代や治療費として、これまで100万円以上を自ら負担した。さらに、病気になったウサギを引き取り、自宅で介護したこともあるという。
毎日の世話に加えて、エサを買いに行く時間や通院の時間も、クラス業務や教材研究を終えてから行わなければならない。そのため、進んで飼育に携わる教員ばかりではなく、赴任先にウサギがいたため、飼育の知識が全くない状態で“仕方なく”世話をする例もあるという。
「学校には生き物がいるべきだという感じで、部品の1つとして置くのはやめてほしい」
取材に応じた教員はこのように語り、飼育を続ける学校には、十分な予算やエサの支給、飼育の専門家による指導などを求めた。
■土日も夏休み・年末年始も…教員の“ボランティア”軽減への一手
京都市立境谷小学校には、約8年前から2匹のウサギが暮らしている。児童の人気者であるウサギの世話は、休み時間などを使って飼育委員会に所属する児童が主体的に行っている。また、低学年の授業ではウサギが「先生役」となり、直接触れてもらうことで「命の大切さ」や心を育む情操教育を行っている。
ただ、土日や祝日など『児童がいない日』になると、状況は一変する。
これまで休みの日は“ボランティア”の教員らで交代して出勤し、掃除やエサやりなどの世話をしてきた。夏休みや年末年始などの長期休暇になれば尚更、教員の負荷が増えてしまうのが実情だ。
そこで、京都市が2024年から試験的に始めたのが、長期休みにウサギを動物病院に預けられる制度だ。お盆休みや年末年始など、教職員が学校に原則不在となる長期休暇に、市の獣医師会に所属する動物病院でウサギを受け入れる。学校の代わりに市の教育委員会が預ける費用を負担し、教員らの働く環境を整えて負担を軽減する狙いがある。
この制度を年末年始も利用した境谷小学校の山野真里子校長は、「一番安心なところに預けられることはすごくうれしく、ほっとしています」と安堵の表情を浮かべた。
■「教員の働き方改革」動物飼育を縮小する自治体も…本物の犬から“張り子”の犬へ
一方で、ウサギの飼育そのものをやめる自治体もある。
神戸市は、教員の「働き方改革」の一環として、ウサギなどの動物飼育を段階的に縮小する方針を2020年に定めた。自治体がこうした方針を示すのは全国的にも珍しいが、飼育の手間が教員の負担になっていることなどを踏まえ、縮小に踏み切った。
神戸市立渦が森小学校では、2023年に最後の1匹が死んだのを機に、ウサギの飼育を終了した。以降は、ウサギの飼育小屋を改修してカブトムシを飼育している。カブトムシにも児童の関心は高く、死んだカブトムシに手を合わせるなど、命に触れる経験にもなっているという。
現在の学校環境では動物の飼育が困難な中、生き物への親しみをどう児童に伝えるのか。
動物と触れ合うことができる奈良県宇陀市の県営「うだ・アニマルパーク」は、13年前から『いのちの教育プログラム』という、動物との関わりや動物への責任について伝える出張授業を行っている。
この授業で使用するのは、“張り子”の動物だ。以前は、犬と実際に触れあう授業を行っていたが、授業のあとに体調を崩す犬も多く、張り子による教育プログラムの開発に至った。
うだ・アニマルパーク振興室の内河僚介さんは「嫌がるそぶりを見せる犬を無理やり子供たちに触れ合わせる行為を見せると、動物に我慢させてもいいんだとか、動物は人間ほど価値がないといった誤った情報を子どもたちが受け取ってしまう可能性がある」と当時の授業について振り返る。
出張授業に参加した児童は、張り子につけられた名前を呼んで愛着をもって接し、実際の動物を見る校外学習と組み合わせることで、より深く学べると内河さんは語る。
■命の大切さを伝えるはずの“学校ウサギ”の今後は…責任の所在はどこに?
動物を飼育するよう学習指導要領で示す文部科学省は、読売テレビの取材に対し、「子供たちが生命の尊さを実感できるよう適切に飼育する必要があると考えており、不適切な飼育環境で飼育がなされた場合には、目指す教育効果を達成することが難しくなる可能性があるものと考えています」と見解を示し、学校でどんな動物を何匹飼育するかは各学校の判断に委ねられ、適切に飼育できるように選ぶ必要があるとしている。
また『教員の働き方改革』の観点からは、「教育委員会、地域のボランティア、保護者・児童の協力を得る等、教師に過度な負担がかかることのないように留意すること、学校の設置者である教育委員会等が学校と連携し、適切な管理体制を構築すること等が必要である」としているほか、必要経費についても、各学校の日常的な管理運営にかかる予算の中から整えるべきだとしていて、基本的には教育委員会と学校で環境整備に取り組むべきだとしている。
一方で、大阪府内の市町村教委では、神戸市の縮小方針のような動物飼育に関する何らかの方針や、京都市のような教育現場のサポート体制をもつ自治体はほぼ無く、各学校に対応を一任している。一部の学校現場からは、「赴任先にいたから、飼育を続けているだけ」といった声も漏れ聞こえるのが現状だ。
命の大切さを伝えるはずの教育の陰で、教員の働き方改革など教育現場の諸課題と“命の教育”の狭間で、置き去りになっているウサギ。学校、自治体、国、それぞれが小さな命から目を背けず、“学校ウサギ”の在り方に向き合う時が来ている。