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【なぜ】息子の死は『指導死』か否か…大阪の有名進学校でカンニング後に自殺 「適切な指導だったのか」遺族らの悲痛の訴え 過去にも約100件の“指導死” 問われる教育の在り方

2025年1月5日 10:00
【なぜ】息子の死は『指導死』か否か…大阪の有名進学校でカンニング後に自殺 「適切な指導だったのか」遺族らの悲痛の訴え 過去にも約100件の“指導死” 問われる教育の在り方
亡くなった男子生徒

 「指導死」ー。

 教員の不適切な指導がきっかけで子どもが自殺することを指して遺族や研究者が作った言葉で、長年にわたり指導の改善が訴えられてきた。

 大阪市天王寺区にある有名進学校「私立清風高校」の男子生徒が、カンニングが発覚した2日後に自ら命を絶った問題。遺族が起こした裁判では、いわゆる「指導死」だったかどうかが争われている。

 男子生徒の両親は「カンニングが悪いことは分かっているが、人格否定をするような教員の指導は適切だったのかを問いたい」と訴える。提訴から約9か月がたち、非公開の協議で双方の主張が衝突し続ける中、指導の在り方を考える。(報告:丸井雄生)

■発覚後、4時間にわたり叱責・反省文 自らを「卑怯者」と呼ばされ…

 「ものすごく優しい息子だった」
 「いつも『お母ちゃん大丈夫?』と声をかけてくれるような子だった」

 両親が思い出すのは優しい我が子の姿ばかりだった。中学時代は生徒会長を務めるなど真面目な性格。塾の勧めで入学したのが、清風高校だった。

 2021年12月に行われた期末試験。倫理政治経済の科目で男子生徒のカンニング行為は発覚した。

 訴状などによると、発覚直後、男子生徒は生徒指導室で約4時間にわたって叱責されたり反省文を書かされたりした。母親が学校に呼び出された後も、教員に囲まれた男子生徒は泣きながら謝罪。教員から「カンニングがなぜ悪いか」と尋ねられると「ずるいことをしました」と返した。ところが、教員は続けて問い詰めたという。

(男性教員)
「それにとどまらない、卑怯なことだ」

(男子生徒)
「卑怯者です」

 清風高校では朝礼で「カンニングは卑怯者がすることだ」と訓話が行われていた。母親は当時の状況について「自らのことを『卑怯者』と言う息子に違和感があった」と振り返る。

■遺書に「死ぬ恐怖よりも、周りから卑怯者と思われ生きるのが怖い」

 男子生徒には以下の処分が言い渡された。

 ●全教科0点
 ●家庭謹慎8日(友人等との連絡禁止)
 ●写経80巻
 ●反省文と反省日誌の作成
 ●学校推薦は行わない

 カンニングが発覚した翌日、男子生徒は深夜まで写経に取り組んだ。母親は「もう明日にしたら」と声をかけたが、「もうちょっとやってから寝る」と答えたという。「午前1時ぐらいまで写経をやっていて、私は『先に寝るね』と言って…」。これが、親子で交わした最後の言葉となった。

 翌朝、男子生徒は近所で変わり果てた姿で見つかった。自ら建物から飛び降りたとみられている。

 男子生徒が残した遺書には次のように記されていた。

 「死ぬという恐怖よりも、このまま周りから(学校内から)卑怯者と思われながら生きていく方が怖くなってきました」(原文ママ)
 
 父親は「卑怯者という言葉、人格を否定するような言葉が本人にとって必要以上に重くのしかかっていたのではないかと思う」と話す。

 母親は涙を流しながら「本当にあの子が宝物だったので、今もまだ信じられなくて。『母ちゃん』って呼んでくれる声が、まだ全然消えなくて…」と悲痛な胸の内を語った。

■第三者委員会「人格否定」指摘も「指導が自死の原因と認定できず」 学校側は全面的に争う姿勢

 指導を受けた直後、自宅謹慎中の生徒の身に起きた悲劇。両親は学校側に指導が適切だったかどうか調査をしてほしいと伝えたが、学校側は「調査はしてもしなくてもいいのですが、やりますか?」と答えたという。

 結果的に、設置された第三者委員会の報告書では、まずカンニングに至った経緯について「男子生徒は当該科目に苦手意識を持っていた中、担当教諭から相当のプレッシャーを受け一定の影響を与えられていた可能性を否定できない」と指摘。

 さらに「訓話での『カンニングは卑怯者がすることだ』という表現はカンニングの禁止を超えた、一つの行為で全人格を否定するような強い決めつけを感じさせる」とした。

 一方で「学校側の指導が自殺に至った原因であるとは認定できない」と結論付けた。

 男性生徒の両親は、委員会による調査では生徒へのアンケートが行われなかったことなどを理由に再調査を求めているが、現在まで学校側は拒否している。

 息子の死から2年あまりがたった2024年4月、両親は清風高校を運営する「学校法人清風学園」に対し、約1億円の損害賠償を求め、大阪地裁に訴えを起こした。

 翌月に始まった裁判で、学校側は全面的に争う姿勢を示した。

(学校側の主張)
「指導の際に『卑怯者』という言葉を言わせていたとの証言は得られていない。これまでに同様の指導を受けた生徒が自死等に至ることもなく、男子生徒の自死を予測することは困難だった」

 裁判終了後、父親は「生徒によって指導の受け止め方が変わるということが分からないのか。『過去になかったから問題がない』というのはおかしい。学校でこのようなことが二度と起こらない社会になってほしい」と訴えた。

■相次ぐ指導死…友人に答案見せ「前代未聞の不祥事だ」と指導「まるで刑務所」

 男子生徒の父親は第一回口頭弁論の後、過去に同じく「指導死」で息子を亡くした西尾裕美さん(66)と出会い、学校指導の在り方を考える遺族らの会に参加するようになった。

 西尾さんの長男・健司さん(当時16)は2002年、自ら命を絶った。

 小学校から高校まで野球に打ち込み、小学校の時から高校数学の問題を解くなど数学が大好きで、“文武両道”の自慢の息子だったという。西尾さんは「本当に笑顔の素敵な子だった。頭もいいしスポーツもできて、友達にも好かれていた」と在りし日の健司さんに思いを馳せる。

 兵庫県立伊丹高校に通っていた健司さんは、年末の期末試験で友人に頼まれて自分の答案用紙を見せた。これが教員に見つかり、自宅謹慎と反省文を書かされることになったという。

 友人との連絡も禁止された中、反省文は毎日、用紙いっぱいに文字を埋めないと突き返された。学校からは「前代未聞の不祥事だ」などとも伝えられたという。次第に笑顔も減り、様子が変わっていくのを西尾さんは感じていた。

「常に1日中反省していろと、まるで刑務所に入れられたようだった」

 3か月後、健司さんは校内での『喫煙』が見つかった。5人の教師から「お前は先生も親もみんなを裏切っている」などと叱責され、無期限の自宅謹慎を言い渡された。自宅近くの建物から身を投げたのは、その日の深夜のことだった。

■息子の自死「申し訳ない思いでいっぱい」 『指導の在り方』改善求め活動

 西尾さんは「亡くなった直後は、健司の部屋でずっと泣いていた。自分も早く死ねたらと最初は思ったが、健司は何か役割を持って私のもとに生まれたと信じているので、健司の役割を私が果たそうと思った。私は生かされていると思いながら、毎日生きている」と話す。

 その後、同じ立場の遺族らとともに国や関係機関に『指導の在り方』の改善を求めたり、各地で講演を行ったりするなど、約20年間にわたり活動を続けてきた。

 西尾さんは、清風高校に通う男子生徒が亡くなったことについて、「教師が『ひょっとしたらこの指導でこの子が自殺するかもしれない』と意識していれば、事故をなくすことができる。一生懸命訴えてきたが、『指導死』がなくならないことに心を痛めているし、申し訳ない思いでいっぱい。生きていてほしかった命なのに、本当に悔しい」と思いを語り、現在は男子生徒の父親のサポートをしている。

■「指導死」100件 文科省が指導の“手引き”を12年ぶりに

 専門家らの調査によると、「指導死」とみられる事例は1989年以降、100件ほど起きているという。

 背景には、法律で“指導できる権利”が認められていることがある。学校教育法では「教育上必要がある場合、叱責や処罰などの指導は可能。ただし体罰は禁止」とされているのだ。しかし、どの程度の叱責や処罰が許されるのかということは曖昧だった。

 文科省は、「指導死」とみられる事例が後を絶たないことや、遺族らが改善を訴え続けていることを受け、2022年、教師が生徒を指導する際の手引き「生徒指導提要」を12年ぶりに改訂した。

 そこでは初めて、「教職員による不適切な指導等が不登校や自殺のきかっけになる場合もある」と明記された。

 一方、教育評論家の武田さち子氏は一定の評価をしながらも、「生徒指導提要には強制力がないため、教師の不適切な指導は法律で対応できるようにするべきだ」との見方を示している。

■息子の自死から3年…父親「裁判に決着つけ、親としての生き様を報告する」

 裁判は双方の主張が対立し、今後もしばらく非公開の協議が続く見通しだ。

 両親は公開の口頭弁論で、自身らを証人とした尋問を開き、心情や当時の状況を訴える機会も探っている。

 2024年12月8日、男子生徒が亡くなってから丸3年がたった。父親が現在の心境を明かした。

(亡くなった男子生徒の父親)
「息子が自死して3年が経過します。学校の対応全般に疑問があり、裁判に踏み切っています。単身赴任中の出来事だったので、未だに息子がいないことは、頭では理解していますが信じられません。息子が私を呼ぶ時は『とうちゃん』でした。今もその声や顔が浮かびます。私がこの裁判に決着をつけて、私が亡くなった時にまた、息子に会って、親としての生き様を報告したいと思っています」

 指導の在り方次第で、救えた命があったのではないか―。裁判を通じて、改めて教育現場の姿勢が問われている。

■悩みを抱えている人へ

 厚生労働省や自殺の防止活動に取り組む専門家などは、悩みを抱えていたら自分だけで解決しようとするのではなく、専門の相談員に話を聞いてもらうなどして欲しいとよびかけています。

 ●電話「こころの健康相談」0570-064-556
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最終更新日:2025年1月5日 10:00