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【特集】5浪してようやく叶えた“獣医”という夢 しかし待っていたのは「好き」だけでは通用しない“命の現場”「飼い主が任せてくれているありがたみと責任をもっと考えるべき」悪戦苦闘しながら奮闘するアラサー新人獣医師に密着

2024年6月1日 11:00
【特集】5浪してようやく叶えた“獣医”という夢 しかし待っていたのは「好き」だけでは通用しない“命の現場”「飼い主が任せてくれているありがたみと責任をもっと考えるべき」悪戦苦闘しながら奮闘するアラサー新人獣医師に密着
動物医療の最前線で悪戦苦闘の日々

 新人獣医師・荒木留さん(29)が飛び込んだのは、動物医療の最前線『大阪動物医療センター』。一日に約130件もの診察をし、他の病院では治療が難しいと診断されたペットたちもやって来ます。子どもの頃からとにかく動物が好きだったという荒木さんですが、そこは「好き」だけでは通用しない“命の現場”で…。

(大阪動物医療センター・巽正輝院長)
「自分の処置一つで、死んでしまう可能性があるから。飼い主さんが任せてくれているというありがたみと責任を、もっと考えるべき」

 目の当たりにしたのは、ペットと飼い主の悲痛な叫び―。悪戦苦闘しながら命に向き合う、新人獣医師の成長を追いました。

初めての診察は「えーっと…うーん…」からの無言…新人獣医師たちに院長が求めたのは、「“賢い獣医師”ではなく“良い獣医師”」

 2024年、春。大阪市西区にある『大阪動物医療センター』に、大学を卒業したばかりの新人獣医師が入りました。

(WOLVES HAND動物病院グループ・北井正志代表)
「うちの病院はすごく忙しくて、他の病院では『どう治せばいいかわからない』『手術をするべきだけどできない』など、そういった諸事情で重症度の高い症例が集まってきます」

(巽院長)
「先輩たちは自分たちの行く先を進んで行ってくれていることですし、僕はその先頭を常に走り続けることを誓いますので、みんな頑張ってついてきてください。一緒にやっていきましょう」

 新人獣医師を勇気づける巽正輝院長(42)は、獣医師歴18年。動物病院をけん引するエキスパートです。治療が難しく、他の病院から紹介されて連れて来られるペットを診ることも多いといいます。

 1歳の犬『那月(なつき)』は、3週間ほど前から右の後ろ脚をかばい、三本脚で歩くようになりました。

(那月の飼い主)
「脚を浮かせて歩くようになって。右脚が跳ねるような感じの歩き方をしていたので」

(巽院長)
「左はこうやっても痛がらないんですけれど、右はこれだけで…」

 右の後ろ脚を少し引っ張られるだけで、鳴き声をあげる那月。レントゲン検査でわかったのは、那月の今後の日常を左右する“ある病気”でした。

(巽院長)
「ここの部分が、どんどん骨密度が落ちる感じ。簡単に言うと、腐ってくる感じです。壊死ですね」

 後ろ脚の大腿骨頭への血流が減少することで、痛みや骨折といった障害が起こる『大腿骨頭壊死症(レッグペルテス病)』。原因はわかりませんが、1歳に満たない小型犬に多く発症します。

(巽院長)
「強く、強く手術をお勧めします。自分の犬なら迷わずに、すぐにやります。いかに筋肉が細くなる前に手術するか、なんです。筋肉がないと、痛くないのに3本脚のままで走る子になっちゃうんです。せっかくなら、4本を使ってほしいので」

 那月の飼い主夫婦は、壊死した骨を除去する手術を受けさせることに決めました。

 巽院長は、新人獣医師・荒木留先生にも那月の症状を説明します。

(巽院長)
「ここから、まだ10年15年生きてもらわないとあかんから、それを考えると、絶対に手術を勧めたほうがいい」

 “病気を治すことだけが、仕事ではない。飼い主とペットのその後の生活も想定した治療を行うのが、獣医師―”

 これが、巽院長の一貫した信念です。

 那月の手術は、無事に成功。4本脚で地面を蹴って、歩けるようになりました。

 『大阪動物医療センター』の診察数は、一日に約130件。獣医師・動物看護師など40人の医療スタッフが治療に当たっています。

 荒木先生も、初めて一人で診察することになりました。

(新人獣医師・荒木留先生)
「触診からしていきます。頑張って~」

 早く経験を積んで医療技術を身に着けさせるため、新人獣医師にも診察を受け持たせる―それが、巽院長の方針ですが…。

(荒木先生)
「えーっと…うーん…そうですね…」
(看護師)
「…今は、ふらつきもないですよね?足も大丈夫?」
(飼い主)
「大丈夫」
(荒木先生)
「……」

 荒木先生、飼い主に何も伝えられないまま、終わってしまいました。

(荒木先生)
「すみません、全然ダメでした」
(巽院長)
「話が下手くそすぎる(笑)間違っていることをしていない限りは、別に問題はない。ただ、無言というのは、『大丈夫かな?』『どうなのかな?』『この先生は大丈夫かな?』という不安がたまっていっちゃうから。その辺はスムーズに話ができるようになると、より良いかな」
(荒木先生)
「はい…」

(巽院長)
「任せてもらうためには、飼い主さんの信頼を得なければいけないので、失礼がないような話し方であったり、ワンちゃん・ネコちゃんの扱い方であったり、大学で学ぶだけでは全く足りないです。病気だけ診る場合はいいんですけど、“賢い獣医”にはなれても“良い獣医”にはなれないと思うので、みんなには“良い獣医師”になってほしいですね。動物のためにも」

「獣医になっている姿しか思い浮かばない」5浪しても諦めず、険しい道のりを経て29歳で叶えた夢

 この日やって来たのは、2歳の猫『てつ』。エサを食べなくなり、おう吐を繰り返しているといいます。

(てつ)
「にゃお~ん」
(看護師)
「頑張ってね」

 一体、何が原因なのか―?エコー検査をしてみると…。

(巽院長)
「これ…ひも」
(看護師)
「ひもですか⁉」
(巽院長)
「腸がこうなって、ひも…」

 遊んでいて誤って飲み込んだのか、ひものようなものが胃から腸を通って、おしりにまで達していました。

(巽院長)
「ひもを飲むと、やばいです。誤食で一番やばいです」

 このまま放置しておくと、複雑に絡み合って腸が裂け、命取りに。

 緊急手術の助手に命じられた荒木先生ですが…。

(荒木先生)
「これ、指が。指が…」

 初めての手術。一人でゴム手袋をはめることも、手術着を着ることもままならず…。ピンセット1つ渡すのも緊張した様子で、必要な道具もすぐに探せません。

(巽院長)
「助手が上手いか下手かで手術の速さ・滑らかさが変わって、動物への負担が変わってくるから」
(荒木先生)
「はい…」

 手術を始めて15分。腸から取り出されたのは、縫い糸でした。

 てつは2日間入院した後、退院することになりました。血液検査をして、体調管理が必要です。

(巽院長)
「血液検査で、何の項目を測る?」
(荒木先生)
「CRP(たんぱく質)と、好中球(白血球の一種)。あと…血球系と」
(巽院長)
「半分正解もあれば、半分は“ぶっ飛ばすぞ”というようなことを言っているから(笑)それ、宿題な。何を測るべきか」
(荒木先生)
「はい…」

 獣医師になってから、一人暮らしを始めた荒木先生。休みの日には、好きな料理で気分転換。鍋は、だしから取るほどのこだわりようです。

(荒木先生)
「家の鍋は結構だしを取って、いろいろと具材が入っていて好きだったので、その影響ですね」

 荒木先生は、5人兄弟の末っ子。子どもの頃から、動物に囲まれて育ちました。

(荒木先生)
「動物病院に通うじゃないですか。自分の犬を治療してもらうとか、注射を打ってもらうとか、そういう獣医師の姿を見ていて、かっこいいなぁと思いました」

 思い描いた将来像は、動物たちの命を救う獣医師―。しかし、その道は険しく…。

(荒木先生)
「浪人して。結構ですよ、5浪しています」

Q.諦めようとは思わなかったんですか?
(荒木先生)
「僕は絶対に獣医になる。獣医になっている姿しか思い浮かばないと、そのときは思っていました。知識もそうですけれども、診察室の雰囲気の作り方だとか、そういうところも含めて確実に着実に、成長していければなと思います」

 縫い糸を飲み込んでしまい、手術を受けた猫のてつ。退院前、血液検査の項目が、荒木先生の宿題になっていましたが…。

(巽院長)
「何の項目を測るか、わかる?」
(荒木先生)
「まず血球系。あと、炎症や感染が起きていたら白血球数が上がるので、測る。“ぶっ飛ばす”と言われたのは、CRPと言ったことだと思っていて」
(巽院長)
「おっ、えらい」
(荒木先生)
「あれは、猫では炎症が上昇しないから」
(巽院長)
「せやな。ばっちり」

 まだ、たどたどしさは残りますが、合格。叱咤激励された甲斐がありました。

時に怒られ、時に褒められ…少しずつ着実に日々成長 動物の命を救い、病気に心を痛める飼い主にも寄り添う獣医師に―

 健康診断にやってきた13歳の犬『ミルク』に、巽院長も予想しなかった“重い病気”が見つかりました。

(巽院長)
「肝臓から、イボのように大きな出来物ができています。7センチぐらいで、人でいうとバレーボールぐらいの大きさです」

 見つかったのは、とてつもなく大きな腫瘍。3か月前の検診ではなかったそうですが…。

(巽院長)
「腫瘍が中で出血して、急に大きくなったのかという感じです。いつか腫瘍が破れる可能性があるので、これは正直、寿命までは絶対にもたないです。僕は、自分の子だったら迷わず取ります」
(ミルクの飼い主)
「……」

 ミルクは、手術を受けることになりました。しかし、13歳と高齢な上に、心臓病でもあります。

(巽院長)
「心臓病の場合、何に気を付けないとあかんと思う?」
(荒木先生)
「心拍が」
(巽院長)
「心拍が下がりすぎない。これは、心臓病がある・なしは関係ないやんか。それ以上に?」
(荒木先生)
「……」
(巽院長)
「血圧」
(荒木先生)
「あっ、はい!」
(巽院長)
「血圧のモニタリングは、絶対に」

 ミルクの小さな体への負担を少しでも減らすため、早く手術を終えなくてはなりません。手術開始から約7分で、腫瘍が取り出されました。

(巽院長)
「あと2針縫って」
(荒木先生)
「はい」

(巽院長)
「針を通すのは上手や。助手をしている間、血圧は大体どれぐらいやった?」
(荒木先生)
「えっと、上が130で、下が50~60ぐらい」
(巽院長)
「あ、えらい。絶対に見てないだろうと思って、なめてかかってたわ(笑)」
(荒木先生)
「ちょっとずつ見てました(笑)」

 手術から、3日後―。飼い主さんとの再会に、大喜びのミルク。

(荒木先生)
「ただいまー」
(ミルクの飼い主)
「良かった!良かった!」
(ミルク)
「わん!わん!わん!わん!」
(巽院長)
「僕らだけの時は、鳴かないんですよ。めっちゃ嬉しいんだと思います」

 今日も、動物病院には多くのペットがやって来ます。

(荒木先生)
「まず身体検査をさせていただいても、よろしいですか?頑張ろうね」

 ペットは、愛する家族。動物の命を救い、病気に心を痛める飼い主にも寄り添う獣医師になってくださいね、荒木先生―。

(「かんさい情報ネットten.」2024年4月29日放送)