全焼した愛知の酒蔵が奇跡の復活!“酒造りの絆”が支えた、どん底から再建までの道のり...杜氏を目指す26歳女性が“ラベル”に込めた決意「夜明けを目指していく」
「本当に感謝しかない」
全焼した愛知の酒蔵が、奇跡の復活。その奇跡の裏には、窮地を救った“酒造りの絆”がありました。
酒蔵が全焼「今後のことも何も決められていない」
今年10月、愛知県愛西市の酒造会社『山忠本家酒造』で行われていたのは、日本酒の仕込み作業。
『水谷酒造』の後藤実和さんも、真剣な表情で仕込み作業に取り組んでいました。現在26歳、将来、酒造りの職人である杜氏(とうじ)を目指しています。
「単純に環境が違えば、ほんと全然違うっていうのは当たり前なんですけど…」と、自身が身を置く酒造りの環境に変化があったことを話した実和さん。
酒造りの環境が変わった理由、それは『水谷酒造』の全焼でした。
今年5月、実和さんが勤める『水谷酒造』で、酒の加熱処理中に火事が発生。江戸時代末期から受け継がれてきた酒蔵などが、全焼しました。
「本当、(火事が)起きた当時はもう、現場の後片づけ、ご迷惑おかけした方々への謝罪とか、そこへのフォローというか。もうそこで、いっぱいだったっていうのがありますかね」と、当時を振り返ります。
大学時代に発酵文化に興味を持ち、日本酒研究会に入るなど、かねてより日本酒の世界に魅了されていた実和さん。3年前、『水谷酒造』5代目・水谷政夫さんとの出会いをきっかけに、酒造りの世界へ飛び込みました。
そんな実和さんについて、『水谷酒造』の水谷さんは、「彼女の日本酒に対する熱意は、蔵に生まれた人間としては非常にありがたい」と話していました。
『水谷酒造』での酒造りは、実和さんと水谷さんの2人だけ。まさに、二人三脚で“酒造りの道”を歩んできた、最中での火事でした。火事から数日後、水谷酒造のSNSには「今後のことも何も決められていない」という投稿が。
しかし、約1か月後。実和さん達の元に、思わぬところからの支援があったのです。
救いの手を差し伸べた、老舗の酒蔵
「最初は本当にびっくりだったというか、山田社長がそんな風に提案してくださることが…」「本当に感謝しかないっていう状況で」と、当時の心境を明かす実和さん。
“山田社長”とは、愛知県愛西市にある老舗酒造会社『山忠本家酒造』11代目の山田昌弘さん。
山田さんの支援をうけ、『水谷酒造』は『山忠本家酒造』の酒蔵の設備を借りて、今年9月より2つの酒造会社で酒をつくる「共同醸造」をスタートすることになったのです。
『山忠本家酒造』の山田さんは、支援の理由について、「地域から酒蔵が、ただただ消えていくのを、指をくわえて待っているっていうのは、ちょっとあんまりいい行いではないと思ったので」と話します。
火事により、酒造りに必要なものの大半を失ってしまった『水谷酒造』。しかし、元々使っていた「酵母」は、愛知県にある『食品工業技術センター』にて保管していたため、火の手を免れていました。
酒の味を左右する「酵母」。実和さん達は、再び“水谷酒造の味”をつくれることになったのです。
感謝の1本、ラベルに込めた決意
酒蔵によって、使用する器具も違えば、米も違う酒造り。
自身の過去について、「製造以外の会社の仕事もやってきすぎちゃって、けっこう飛び飛びな感じでスキルとかも。全部中途半端でっていうのが、自分の中ですごいコンプレックスで気にしていた」と話す実和さん。
続けて、「それを今は、本当に0からたたき直していただいている状態。本当にありがたいですし、こんな機会はまずないので」と、今の環境に感謝を述べます。
ひとつひとつの作業も、実和さんにとっては、酒造りを学ぶ大事な修業の場。真摯に取り組む姿勢に、『山忠本家酒造』長谷川祐司さんは、「小さい体で一生懸命、体つかって頑張っていると思います」と話し、同社11代目・山田さんも「本当にがむしゃらな子だなと思いますね。共同醸造する期間の中で、うちが渡してあげられるものがあれば」と、笑顔で語りました。
2024年11月10日、実和さんが待ちに待った、“酒を仕上げる日”がやってきました。「緊張がすごいです。本当に頼りになる方ばっかりで、甘えてしまっている状況ですが、しっかり(酒を)搾りあげられるように…」と、緊張した面持ちで心境を明かします。
火事があっても諦めず、慣れない環境の中で作り上げた実和さんの酒。納得のいく酒は、できたのでしょうか。
搾り出された酒を口に含み、丁寧に味を確かめる実和さん。その後、安堵の表情を浮かべ、涙を滲ませました。
「どうなるかなって思ってたんですけど、なんとかちゃんとしたお酒ができたなって」と、手で涙を拭いながら、嬉しさを語る実和さん。喜びも、ひとしおです。
出来上がった酒は、実和さんの名前の漢字1文字をとって名付けられたという「千実 紅掛空 (ちさね べにかけそら)」。米の甘味と柔らかい旨味が特徴の酒で、ラベルにもこだわりが詰まっています。
「夜明けの空の色「紅掛空」という、和の色に名前になるんですけど。これから暗い空の色に赤みがさす色で、まだまだ課題はいっぱいあるんですけど、まず夜明けを目指していくための1本」と、ラベルに込めた想いを語る実和さん。
「千実 紅掛空」を見つめながら、「本当に…感謝の1本なんでしょうね」とつぶやきました。
“酒造りの世界で、千にも及ぶ実りのある出会いと経験を”
酒の名前の由来の通り、完成させた1本。
2024年11月21日、ついに出荷の時を迎えました。『水谷酒造』の水谷さんは、「やっとやっと、出荷できました」と笑顔を滲ませ、実和さんは「楽しんでいただけると、本当にうれしいですね」と、これから「千実 紅掛空」を手をとる人々へ想いを馳せました。
出荷に向かう車の後ろ姿にお辞儀をする二人。実和さんと『水谷酒造』、再建への第一歩を踏み出しました。