×

東京・銀座の“宇宙船”ビル 存亡の危機に

2021年5月21日 15:27
東京・銀座の“宇宙船”ビル 存亡の危機に

銀座の繁華街からほど近い場所にそびえ立つ「中銀(なかぎん)カプセルタワービル」。建築家・黒川紀章氏(1934~2007)の代表作として知られており、重さ約4トン、計140戸の「カプセル」によって構成された近未来的な見た目から“宇宙船マンション”とも呼ばれ、国内外の建築ファンから親しまれてきました。

1972年(昭和47年)に竣工した“宇宙船”のカプセルは約10平米とコンパクトながら、カラーテレビやラジオなど当時最先端の機器が設置され、ユニット式のバス・トイレも完備。「ビジネスマンの隠れ家」「21世紀の未来住宅」というキャッチフレーズで、都心で働くサラリーマン向けに売り出されました。

建物のコンセプトは新陳代謝を意味する「メタボリズム」。カプセルは25年をめどに新しく取り替え、まるで新陳代謝していくように時代と共に発展していく建築物、とされていました。しかし49年の間、費用の面、オーナーの合意が得られないなどの理由からカプセルが取り替えられたことは一度もありません。

さらに2000年代に入り建物の老朽化が進むと、一部のカプセルは放置され、内部に雑草が生い茂るほど荒廃。耐震基準やアスベストの問題も浮上し、ついには「取り壊し」の議論まで飛び出します。

存亡の危機に立たされた“宇宙船”。その後、現代ならではの形で再び脚光を浴びることになります。住人達がSNSで、ライフスタイルを発信し始めたのです。

中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト代表の前田達之さんが、当時を振り返ります。

「建物の形や、住人のライフスタイルがSNSで注目され、購入や見学についての問い合わせが国内外から相次ぎました。元々ビジネスマン向けでしたが、近年ではクリエイターや女性の入居者が増え、時代の流れが反映されていると感じます。内部をリノベーションする方もいらっしゃいます」(前田さん)

住人となったクリエイターが事務所として使用したり、内装を和風に仕上げるなど、住人の強い個性が光るカプセルが次々に誕生。部屋の写真がさらにSNS上で話題になり、外国人の見学客も増加したと言います。建物の保存や買取について海外から打診もあり“宇宙船”の前途は明るいものに思われました。しかし……。

「建物の管理組合が、ついに土地の売却手続きを始め、住人の退去が始まりました」(前田さん)

再び存亡の危機に陥った“宇宙船”。コロナ禍の影響か訪れる見学客も減り、今年3月頃からは入居者の退去も始まると、住人は数えるほどに。

そんな噂を聞き、慌てて「住人になった」と話すのは、書店員やライターとして活動をする野村千絵さん。以前から“宇宙船”に興味を持っていましたが今年3月、偶然にもビルを取材することになり、その一ヶ月後には住人になっていました。

「住むなら今しかないと思いマンスリー(月額利用)での入居を決めました。お湯が出ないなど不便もありますが、あるもので工夫する、物が無い豊かさを意識するようになりました」(野村さん)

すぐ横には高速道路も走りますが、遮音性は高く意外と過ごしやすいのだそうで、仕事にも集中できるといいます。コロナ禍ということもあり、SNSで住人同士のグループを作りやりとりも頻繁に行っていますが、建物がなくなってしまえば、同時にコミュニティも希薄になってしまうのではないか……。野村さんが名残惜しそうに話します。

「未来の人たちにもぜひ見て欲しかった。カプセルを残し、有効活用してほしいですね」(野村さん)

建設会社勤務・伊藤万里菜さんも、急遽住人になった一人。大学の授業で代表的なメタボリズム建築である“宇宙船”のことを学びファンになり、今年3月、SNSで土地の売却手続きが進んでいる事を知って入居を決断しました。

「リモートワークにも最適。仕事だけでなく、カメラや音楽などの趣味に使う時間も増えました。建物や住人の雰囲気が後押ししてくれているように感じます」(伊藤さん)

入居期間は短いものの、住人同士の交流から刺激を受けることも多く、より充実した時間を過ごせるようになったという伊藤さん。そのコミュニティを「現代の長屋のよう」と表現します。“宇宙船”の今後について問うと……。

「カプセルを替える事で建物は『完成』するので寂しさは残ります。本来のコンセプト通りではありませんが、自分も含めて住民は皆充実した時間を過ごせている。設計者の黒川さんも喜んでいるのではと思います」(伊藤さん)

黒川氏が想定した、カプセルを取り替える形での「メタボリズム」は叶いませんでしたが、その時代に生きる新しい考え方を持った人々が出入りし、ユニークなライフスタイルを送る様子はまさにメタボリズムの概念そのもの。

建物が今後どうなるか、新たな土地の所有者によって決まりますが、最後まで見届けたい、メタボリズムという建築概念を後世に伝えたいという住人たち、世界中のファンたちが“宇宙船”の今後を、固唾をのんで見守っています。