エストニアをヒントに日本らしいデジタル化
■生活の中に溶け込むテクノロジー
齋藤さんが暮らすエストニアは、世界最先端のIT国家と言われている。「電子政府」を実現し、ほとんどの行政手続きがオンラインで完結できる。暗号技術を組み込んだ電子署名により、セキュリティーと利便性を両立。さらに、エストニア国民でなくとも「電子国民」になれる仕組み「e-Residency」を提供している。この制度を通じ、エストニアの電子国民として起業する人が世界中にいるという。
齋藤さんは起業家むけのビザを取得して、エストニアで暮らす。仕事は、xID株式会社にリモートで勤務し、エストニアを参考にしながら日本の地域行政のデジタル化を支援している。(新型コロナウイルス感染症まん延の影響で、2021年8月頃までは日本に滞在予定)
「エストニアのやり方をそのまま日本に持ってくることが正解だとは思いません。ただ、デジタルサービスという選択肢があることも大切だと考えています。今の日本の行政手続きは、デジタル化の過渡期。xIDの業務では、地方自治体の電子申請や、電子投票、日本版e-Residencyなどの実現を支援しています」
齋藤さんによると、エストニアはテクノロジーが日常生活の中に溶け込んでいるという。行政手続きの電子申請や選挙での電子投票など、生活する中で当たり前にテクノロジーが使われている。
「テクノロジーが浸透していて利用実感が少ないです。様々な手続きが効率化されているので、それそれの人が『こう過ごしたい』と思う時間の使い方を選択できるように感じます。例えば、役所にいかなくていいので、ガーデニングや家族と過ごす時間に使ったり。私自身、落ち着いた丁寧な暮らしができるエストニアに惹かれていますね」
自分が興味のあることに力を入れる。自身の価値観を最大化するような生き方をする。齋藤さんが大切にしている考えだ。エストニアで暮らすのも、自身のライフスタイルや価値観に沿っていることが大きな理由だという。
現在は、デジタル化支援の他に、エストニアで起業したtotonou(ととのう ※最後の「u」は、文字上部に点2つがつくのが正しい表記)という会社で、エストニアのサウナを日本に輸入している。さらに、6月には知人と東京・下北沢で「水たばこ」カフェ「chotto」もスタートした。
■自身の価値観に沿ったエストニア移住という選択
自身の興味や関心に従った結果、エストニアと日本の懸け橋的な役割を担っている齋藤さん。就職する前に世界一周に出たことが、自身の価値観を決定づける転機になった。
「大学を卒業してから就職までに半年間時間があったので、世界一周に出ました。旅をしていると、自分の気持ちと向き合う機会が多くあります。その中で、他人の目を気にしすぎず、自分が楽しいと思えることに向き合おうと考えるようになりました」
特に印象的だったのは、インドでのトラブルだったという。
「街なかでいきなり野犬にかまれてしまったんです。狂犬病は発症するとほぼ100%死亡する感染症。ワクチンや血清を打つことはできましたが、『死ぬかもしれない』という恐怖が頭をよぎりました。ただ、日本に帰らずに地球を一周することが「世界一周」だと思っていたので、旅を続けようという気持ちもありました。それでも、『今どうしたいのか?』と考えた時、日本に帰って一度落ち着きたいというのが正直な気持ちでした。一度帰っても誰も文句を言うわけではありませんし、「世界一周しなければいけない」というのは、人目を気にして自分で勝手にとらわれていただけと気づきました」
世界一周を通して、キャリアに対する考え方や時間の使い方などに対して、自分が大事にしている価値観を10個洗い出せたという。
その後、社会人として2年ほど働いた後、転職を決意。新しい仕事が始まるまでの3か月間海外に行くと決めて行き先を探す中で、知人からエストニアを勧められた。初めて聞いた国だったが、その当時「気候が良さそう」「日本人が少ない」「電子化の取り組みが進んでいる」という点に惹かれ、訪れることを決めたという。
「エストニアを紹介されて2時間後には飛行機のチケットを取っていましたね。また、それまで旅でいろんな場所を訪れていたので、今度は一定期間留まってその土地を深く知りたいと思い、現地の会社でインターンをすることにしました」
齋藤さんが働くことになったのは、オンラインの本人確認サービスを提供するスタートアップ・Veriff。当初は2週間限定でのインターンだったが、正社員のオファーをもらい、そのままエストニアで働き続けることにした。
「日本での就職先も決まっていたので悩みました。自身の価値観に照らし合わせた時、エストニアに残るのはリスクよりも挑戦のチャンスが大きい。長期的に考えると今はエストニアに残るのが面白いと考え、移住を決意しました」
その後、xIDに参画。エストニアで暮らす経験を生かしながら、日本の自治体のデジタル化を支援している。
■「自分勝手に生きる=人に迷惑をかける」ではない
エストニアで暮らしながら、サウナやシーシャなど自身の興味があることに次々とチャレンジしている齋藤さん。自身が楽しむことの先に、社会への貢献があると考える。
「良くも悪くも、自分の価値観に従って生きています。だけど、自分が楽しいことは『誰かが楽しくないこと』ではありません。世界一周をしていた中で、自分が楽しくて、かつ人のためになることもあると気づきました。今はその延長線にいる気がします」
“好きな人”と働くことが、結果として面白いプロジェクトにつながるという。最後に、齋藤さんが感じるエストニアの暮らしの魅力を聞いた。
「エストニアには、落ち着く側面と、新しいことが生まれる側面のどちらもあると感じています。デジタル技術の進化によって、役所や窓口に行く必要がなくなり、自分が好きなことに集中できる時間が生まれた。週末には決まってサウナに入ったり、シンプルながら丁寧な生活をしています。日本でもデジタルサービスが選択肢として増えてきています。自分が好きなことにもっと時間が割けるような未来が、すぐそこに近づいているのではないでしょうか」
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この記事は、日テレのキャンペーン「Good For the Planet」の一環で取材しました。
■「Good For the Planet」とは
SDGsの17項目を中心に、「地球にいいこと」を発見・発信していく日本テレビのキャンペーンです。
今年のテーマは「#今からスイッチ」。
地上波放送では2021年5月31日から6月6日、日テレ系の40番組以上が参加しました。
これにあわせて、日本テレビ報道局は様々な「地球にいいこと」や実践者を取材し、6月末まで記事を発信していきます。