「水産資源を次世代に」天皇陛下の思いと42回目の“海づくり大会”【皇室 a Moment】
■42回目を迎えた“全国豊かな海づくり大会”とは
――井上さん、天皇皇后両陛下が魚を放流されている場面でしょうか。
はい。先月17日に北海道の厚岸町で行われた「全国豊かな海づくり大会」の一場面です。
この日は、天皇皇后両陛下が、カレイのマツカワの稚魚と、ホッカイエビを海に放されました。大会は今年で42回目、北海道では2度目の開催でした。上皇さまが皇太子時代の第1回からご夫妻で出席し、天皇皇后となってからも出席を続けて、今の両陛下に引き継がれた大会です。
――きょうは、その「全国豊かな海づくり大会」にスポットを当てます。
井上さん、「全国豊かな海づくり大会」はどのような行事なのでしょうか?
海や湖、川などの環境を守り、水産資源を大切にして漁業の振興を図ろう、という大会で、1981(昭和56)年の大分県から始まりました。映像は第4回の1984年、三重県での様子です。漁船パレードが行われる「歓迎行事」では、船に伊勢エビや真珠を取るアコヤガイのオブジェが取り付けられ、大会の盛り上がりがうかがえます。
皇太子夫妻だった上皇ご夫妻は白い網に入った魚の稚魚を海に落としていますが、稚魚へのダメージに配慮し、今ではその県の特産の木などを使って滑り台のようなスロープが作られ、バケツに入った稚魚をそこに流す形に“進化”しています。
上皇さまはハゼの分類学者ですから大会への思いは深く、天皇に即位してもそのまま出席され、「国民体育大会」、「全国植樹祭」と共に“三大行幸啓”と呼ばれてきました。
■上皇さまから受け継がれた大会
令和になり、今の陛下が即位されると、この行事を引き継がれ、そこに「国民文化祭」が加わって、“四大行幸啓”と呼ばれるようになりました。こちらは陛下がお言葉を述べられる「式典行事」です。陛下は「水問題」をライフワークにされていますから、ご関心の分野でもあります。
天皇陛下:「この豊かな海の環境を保全するとともに、水産資源を適切に保護・管理し、次世代に引き継いでいくことは、私たちに課せられた大切な使命です」
大会は「式典行事」などの中心行事のほか、前日には、海に関した絵や習字などのコンクールの秀作をご覧になります。作者の子どもたちに両陛下が直接声をかけ、作品の内容などを尋ねられます。
また式典当日は漁業施設を視察されるのが恒例です。今年は「カキ種苗センター」で稚貝を育てる手法をご覧になりました。両陛下は「天気の影響もありますか?」など次々質問し、皇后さまが「ごめんなさいね、質問攻めにしてしまって」と笑顔を見せられる場面もありました。
■“海なし県”でも行われる「全国豊かな海づくり大会」
――この大会についてはあまり知らなかったんですけども、漁業振興の意味合いも大きいでしょうね。大会は今年で42回目ということですが、海のない県でも開催されているんでしょうか。
これまで開催されてきた場所の地図を用意しました。
青い部分がこれまで開催された場所、オレンジ色は2回開催された兵庫と北海道です。白は開催されていない場所です。東京は白ですが、2009年に「中央大会」が開かれています。
――白い部分は、特に関東甲信越の「海のない県」いわゆる「海なし県」が多いですね。
そうですね。“内陸県”でも、滋賀、岐阜、奈良の3県では開かれているんですよ。
――海のない県でも開かれているんですね。
海のない県での初開催は、2007年の滋賀県でした。琵琶湖はアユやニゴロブナなどの漁業が盛んで、漁業法上、「海」の扱いです。この時、上皇さまのお言葉に驚きが広がりました。
上皇さま:「外来魚の中のブルーギルは50年近く前、私が米国より持ち帰り、水産庁の研究所に寄贈したものであり、当初、食用魚としての期待が大きく、養殖が開始されましたが、今、このような結果になったことに心を痛めています」
――ブルーギルといいますと生態系を脅かす存在として知られる外来種の魚ですよね。
北米原産の淡水魚で、小魚や魚の卵などを食べ、繁殖力が強いことで知られます。
――こちらが、そのブルーギルです
1960年、ご夫妻がアメリカを訪問された折に、現地で贈られ、上皇さまは持ち帰って水産庁に寄贈されました。それが滋賀県水産試験場に分けられ、何らかの事情で生態系を脅かす存在になっていたんですね。上皇さまはそのことに「心を痛めている」と反省を言われた訳で、当時、取材していた私もびっくりして、読売の本社に急ぎ原稿を送ったことを覚えています。
「川」で初めて行われたのは、2010年の岐阜県です。「清流がつなぐ未来の海づくり」というテーマが掲げられ、「水を守る」「地球環境を守る」という新しい視点が加えられました。岐阜県は、長良川、木曽川、揖斐川など太平洋に注ぐ「木曽三川」が有名です。長良川河畔で行われた放流行事では、日本の伝統漁法で、宮中の「御用」として守られている「鵜飼い」が披露されました。
上皇さまは「アユ」、上皇后さまは「アジメドジョウ」などを放流し、日本海に注ぐ川に放流してもらうために「ヤマメ」などの稚魚も関係者に手渡されました。
2014年に奈良県で行われた大会は、吉野川の源流のダム湖が放流会場でした。上皇ご夫妻は34艘のカヌーの歓迎を受け、「アマゴ」と「アユ」を放流されました。
■東日本大震災の被災地との交流も
――大会の対象というのは、海だけではなく、湖や川、そして環境保護にまで広がっていったんですね。
国民みなに関わる大会になってきたんですね。
翌朝、近くまで散策してご覧になり、この花を気に入られたそうです。その後、町から種が贈られ、お住まいの御所で育てられました。
震災の年の2011年、上皇后さまの誕生日に公開された映像にそのハマギクが映っていました。岩手の被災者たちは喜び、花言葉が「逆境に立ち向かう」だったことから、ハマギクは“復興の象徴”になりました。
5年後の2016年、上皇ご夫妻は再び大槌町を訪問されます。被災後、再建されて「三陸花ホテルはまぎく」と名前を変えたホテルを訪ね、ハマギクの花と共に復興の歩みを進める被災地をご覧になりました。
■陛下の“ポケット写真コミュニケーション”
――「豊かな海づくり大会」が結んだ現地とのご縁がこのように被災地を励ますことにつながったというのは素敵ですね。各地でこのような交流があるんでしょうか。
今回の北海道の海づくり大会でもありました。こちらは初日に訪れた釧路湿原の野生生物保護センターです。このとき、天皇陛下がポケットから写真を取り出し、説明者に見せて質問される場面があったんですが、帰京後に、その写真が宮内庁から公開されました。
――それがこちらです。
32年前の1991年、皇太子時代に釧路湿原を訪れた際、陛下が撮られた上空を飛ぶワシのような鳥の写真と、雪原のタンチョウヅルの写真です。今回の訪問で、陛下はこの写真を説明者に見せて、飛んでいる鳥の種類を尋ねられたそうです。
――わざわざご自身で撮られた古い写真を持ってこられたんですね。
陛下は、写真を会話のきっかけにされることがあるんですが、今回も、お得意の“ポケット写真コミュニケーション”だったわけです。
――そういったコミュニケーションがあるんですね。
この32年前は私も取材で同行していました。映像は釧路湿原の「タンチョウ観察センター」で、陛下がとても熱心にカメラを向けられている様子です。
――確かに真剣な表情でカメラを構えられていますね。
このときはもう1か所、釧路湿原の「展望台」でも陛下は写真を撮られていましたが、私も自分のポケットカメラで撮影するほど印象的な場面でした。
それがこの写真です。陛下は、映像にあった一眼レフとは別の小型カメラに持ち替えて撮られていますが、うれしそうな様子がわかります。
――わざわざカメラを持ち替えられてということですから、本当に嬉しかったんでしょうね。
■夢がかなったツルの群れの視察
この釧路湿原の光景は、1993年、「空」がお題だった歌会始で詠まれています。
――その歌がこちらです。
この歌会始はご婚約の一斉報道から8日後で、“雅子さまフィーバー”のまっただなかでした。
――ということは、「夢かなう」というのは婚約が決まったことにも掛けられていたんでしょうか?
そうかもしれません。出会われて約6年で実現した皇后さまとのご結婚ですから、「わが夢かなう」には、確かに特別な思いがこめられていたのかもしれませんね。
■お考えがのぞく大会前後の視察先
――今日は「全国豊かな海づくり大会」について振り返ってきました。井上さん、令和になって何か感じることはありますか?
コロナ禍のため、「豊かな海づくり大会」へのリアルの出席は、まだ3回ですが、お二人のお考えが大会前後の視察先にのぞいているように思います。
いずれも1泊2日の短縮日程ですが、3回のうち2回が、秋田の「動物愛護センター」と北海道の「野生生物保護センター」、残る1回は、兵庫の「計算科学研究センター」でした。そこに両陛下の“動物愛護への思い”や“科学へのご関心”が現れているのではないかと思われます。
今後、「豊かな海づくり大会」と共にお二人の新しいスタイルがどのような広がりを見せるのか楽しみです。
――「全国豊かな海作り大会」という行事を初めて知りましたが、この大会をきっかけに、さまざまな分野にご関心を広げられる姿というのが印象的でした。
【井上茂男(いのうえ・しげお)】
日本テレビ客員解説員。皇室ジャーナリスト。元読売新聞編集委員。1957年生まれ。読売新聞社で宮内庁担当として天皇皇后両陛下のご結婚を取材。警視庁キャップ、社会部デスクなどを経て、編集委員として雅子さまの病気や愛子さまの成長を取材した。著書に『皇室ダイアリー』(中央公論新社)、『番記者が見た新天皇の素顔』(中公新書ラクレ)