被害女性が実名公表で闘った痴漢裁判「生身の人間の『私』が受けた傷を知ってほしい」

痴漢事件自体は決して珍しくない。しかし、この裁判では異例の出来事があった。それは被害女性が顔を隠さず出廷し、被告の前で意見陳述したことだ。「匿名の“Aさん”の被害ではなく、生身の“私”が受けた傷を知ってほしい」。女性が伝えたかったこととは…。
■“異例”だった「痴漢裁判」
「このたびは本当に…申し訳ありませんでした」
法廷で、黒いスーツを着た少し気弱そうにも見える男は声を震わせながらこう言った。被告の会社員の男(43)が問われている罪は「強制わいせつ致傷」。2020年、JR埼京線の車内で女性(当時44)の尻を触り、降りた駅のホーム上で女性を転倒させ、全治3週間のケガをさせたとされる。
「私が犯した罪はとても卑劣で、決して許されるものではないと思っています」
男の左手の薬指には指輪。法廷にはずっと妻の姿があった。
「夫が痴漢したのは、考えの浅さ、認識の甘さ、そして自分の欲に負けてしまったからだと思います。それに気づけなかった私の責任もあります」
証言台に立った妻は夫について、家では家族を大切にする優しい人だと語った。中学生と小学生の息子たちはそんな父が大好きで、子供のために離婚は思いとどまったという。今後は家族全員が強い気持ちを持って夫を監督していくと、妻は涙ながらに誓った。
――決して珍しくはない「痴漢」の裁判。
しかし、この裁判では異例の出来事があった。それは、裁判の始まりから終わりまで、被害者の女性が自分の顔を隠すことなく検察官のそばに座り、裁判に参加していたことだ。
■生身の人間である「私」が受けた傷を知ってほしい
「幸せで安定した生活は、事件のせいで一変してしまいました」
男の目の前で、自分が事件以降、どんな日々を送ってきたかについて、時に声を震わせながら語ったのは青木千恵子さん(45)。
被告の顔を見たら被害がフラッシュバックする――。第三者から好奇の目を向けられるのが怖い――。様々な理由から、性犯罪事件の被害者は被告や傍聴席から見えないように、別室や、ついたてに守られて証言や意見陳述することが多い。そもそも出廷しないことを選ぶ被害者もいる。
しかし、青木さんはあえて法廷に立ち、男の前で意見陳述することを選んだ。
「私の被害を匿名の“Aさん”の被害としてほしくなかった。“私”という生身の人間が受けた傷を、しっかり伝えたかった」
青木さんが法廷で自ら「闘う」と決めたのは、自身がこれまで弁護士として被害者を支援をしてきた経験があったからだった。