【漆かきに魅せられて】東京から漆の産地二戸市に移住 漆かき鍛冶師 岩手
国内生産量の8割以上を占める岩手の漆。産地の二戸市の浄法寺地区で、漆の樹液を取る「漆かき」と、その道具づくりに取り組む女性がいます。東京から移住してまで取り組むと決めた魅力とは何か。女性の奮闘を取材しました。
鉄を打つ「トンテンカンテン・・・」
二戸市の山あいに広がる「うるしの鍛冶小屋」に、金属音が響きます。金属を熱して道具をつくる「鍛冶」の研修に取り組むのは、東京都立川市出身の秋本風香さん26歳です。地域おこし協力隊として2020年、二戸市に移住し、漆器などに使う「うるし」を集める「漆かき職人」として働いています。
漆をとるには、まず、鎌で木の表面を削った後、太い刃と細い刃がある「漆かんな」という道具で、地面と平行に傷をつけます。
「ガリガリガリ…」
数分後、傷からにじみ出た樹液をヘラでかき集め、不純物を取り除くなどして、漆に仕上げます。職人として腕を磨くうち、秋本さんは「自分で使う道具をつくりたい」と思うようになりました。
秋本さん
「元々そもそも、わたし金工を高校大学でやっていたので、金物を打つみたいなのは興味があったんですよ」「鍛冶やってみたいもあり、使ってる道具を作ってみたいもあり、人が足りないというのもあり、ならやるかと」
おととし1月から二戸市に本部を置く「日本うるし掻き技術保存会」の研修に参加し、本格的に鍛冶仕事を始めた秋本さん。つくっているのは、木の表面に傷をつける2枚の刃がある「漆かんな」です。
鉄の板を熱してかなづちでたたき、曲げ、うすくのばす「火造り」という工程。手際よくたたいたり、力加減を調整したりすることで、理想の形に近づけます。
秋本さん
「20本ぐらい(成形後に加熱する)焼き入れまで作りましたね。(焼き入れしても)やったあと割れたりしているので」「(20本のうち)半分以下かな、現状終わってるやつは」
秋本さん「収まりました」
できた作品は、福島県いわき市の鍛治師にチェックしてもらっています。
いわき市の鈴木さん「曲げが一番難しい。十本に一本は僕は割っちゃうね」
ある日、できあがった道具の表面に、普段は見られない、細かいひびが見つかりました。
鈴木さん「これは中畑さんのところ行って、聞いてみようかな」「わかんない…」
鍛冶の巨匠、青森県田子町の中畑文利さん81歳。この道60年以上のベテランで、文化庁などによると、漆かきのすべての道具を作ることができる、全国で唯一の職人です。
妻の和子さんと交互に鉄を打つ「夫婦槌」が特徴ですが、大病をわずらったことをきっかけに、自らの技術を次の世代に伝える活動をしています。
中畑さん「目刺し(漆かんなの細い刃)は、長さなんぼにしていますか?八分くらい?」
秋本さん「尺寸わかんないんだよな…」
秋本さんは、ことあるごとに中畑さんからアドバイスをもらってきました。
中畑さん
「ちょっとやすりで落としちゃえばさ、形が変わってくるから。(削るべき)場所も覚えていかないと」
秋本さん「うん」
中畑さん
「本当、微妙に曲げるところが違うと、こっちにしだれたり。だから、絞る時もある程度こっちから叩いてやるか、こっちから叩いて絞るかで、また違ってくるから」「(秋本は)上手に出来てます。何年も前からやってないわけ。でもやろうとしてやるから、これだけのものがこれだけ上手に出来ると思うんだよ」「ある程度できて、どうとかこうとか言われるけれど、使えるような状態でできているからいろいろしながらまた鍛錬してもらえればいい」
先日出てきた、普段みられないひびも、中畑さんに見てもらうと…
中畑さん
「焼き戻し(鉄をさらに熱して頑丈にする工程)とか、うんぬんでなくて曲げる時の問題」
「一番最初の?」「うん」「低い温度で無理に曲げちゃったということ?」
中畑さん「うん、低い温度だと思う」「そういうことか」
曲げる際の鉄の温度が低かったことが原因のようです。このひびの修正は難しいようで、次回以降の教訓となりました。
秋本さん
「まだ想像がつかないところを、康人さんもそうですし、中畑さんも教えてくださっているので、それがすごい助かっています」
中畑さんを訪ねた4か月後、浄法寺地区の山林で、秋本さんは漆かきをしていました。手に握られているのは、自ら作った「漆かんな」です。
秋本さん
「今後はもうちょっとちゃんとした工房ができることもありますし、もうちょっと練習がしやすい環境になるのかなと」
二戸市は来年度、浄法寺地区に新たな鍛冶工房をオープンさせる予定です。
秋本さん
「まだたくさんの方に使ってもらうことはやったことがないので」「「使い手さんから意見が欲しい」「浄法寺で鍛治について相談できる窓口みたいになれたらいいなと思ってます」
漆かきの火をたやさないために。秋本さんは覚悟を決めて、古来の道具作りに励んでいます。
うるしかき職人の育成や、道具づくりの研修は今後も受け付けていくとのことで、問い合わせは「日本うるしかき技術保存会」までお願いします。