【注目の裁判】「財産目的で殺害」か「無実の罪」か…真っ向から主張が対立“紀州のドン・ファン”殺害 12月12日に判決
“紀州のドン・ファン”と呼ばれた資産家の男性が殺害された事件の裁判員裁判は、12月12日に和歌山地裁で判決が言い渡される。犯行を示す直接証拠に乏しく、検察がどのように罪を立証するのか、被告である元妻が法廷で何を語るか、その動向に関心が集まった。「財産目当ての殺害」だとする検察に対し、無罪を主張する弁護側―。双方の主張が真っ向から対立する中、判決を前に、裁判で明らかになった証拠や事件の経緯、それぞれの主張のポイントを整理する。(取材・報告:澤井耀平、阿部頼我)
■覚醒剤による殺害…元妻は「私は社長を殺していない」
9月12日に行われた初公判。殺人の罪に問われている須藤早貴被告(28)は、黒のロングワンピースに同じく黒のカーディガンを羽織り法廷に姿を見せた。堂々とした姿で資料を読み込むなど、落ち着いた様子が見て取れる。
須藤早貴被告
「私は社長(野崎さん)を殺していませんし、覚醒剤を飲ませたこともありません」
小さいながらも、確かに芯の通った声だった。弁護人も「人を殺害するときに“覚醒剤”という方法を取るか」などと疑問を投げかけ、須藤被告が犯人だと言い切れるか、検察が十分に立証できているかを最後に判断してほしいと問いかけた。
事件が起きたのは6年前の2018年5月。和歌山県田辺市の住宅で、資産家の野崎幸助さん(当時77)が死亡しているのが見つかった。野崎さんの死因は急性覚醒剤中毒。
検察側は「財産目当てで結婚後、覚醒剤を使って完全犯罪を行った」と主張した。須藤被告は和歌山と東京を行ったり来たりの生活をしていたが、それに嫌気がさした野崎さんから離婚届を示されたなどと指摘。離婚により財産を受け取れなくなる恐れが犯行の決意につながったとしている。
■検索履歴で「完全犯罪」…状況証拠を積み重ねる検察
犯行を示す直接的な証拠がない中、検察側は「莫大な遺産目当ての殺人」だとする動機面の裏付けを進めた。須藤被告の知人とのグループチャット上のやりとりや身内との会話など、膨大な量のやりとりを証拠として提出した。
▽閲覧履歴『遺産目当てと言われた女たち【衝撃】驚くべき完全犯罪5選』
▽友人とのLINEやりとり『財産をくれるから結婚した』
その後は医師や捜査員への証人尋問などから、犯行時間とされる時間内に、須藤被告のほかに野崎さんと接触できる人物がいなかったことを主張。加えてスマートフォンのヘルスケアアプリで、須藤被告が短時間の間に8回も2階と1階を行き来していた事実を挙げ、不自然な行動だと指摘した。
あくまで状況証拠を積み重ね、「須藤被告が犯人でなければ論理的に説明できない」状況を示す形となった。
■覚醒剤の“売人”出廷も…一人は「覚醒剤ではなく氷砂糖」
注目されたのが、覚醒剤の“売人”とされる男2人の証人尋問だ。死因と直接つながる覚醒剤を須藤被告がどのように手に入れたのか、裁判の行方にも影響を与える証言にもなる。
1人目は須藤被告と直接接触した男。「4~5グラムの覚醒剤を10~12万円で売った」と語り、渡した相手は須藤被告だと話したが、態度はよそよそしく、調達方法などの経緯の説明もかなり曖昧だった。
一方で、須藤被告とネット上でやり取りをし覚醒剤を用意したという2人目の男は、「覚醒剤ではなく氷砂糖を売った」と証言した。ここでいう氷砂糖は覚醒剤の隠語ではなく、正真正銘の氷砂糖だと説明する。検察は、覚醒剤に置き換えて話を聞いてほしいというが、「駆け出しで、入手できる人脈がなかった」「ヌンチャクを使い彼女に氷砂糖を砕かせた」などと証言。
また、須藤被告に売ったとされる数日後に大阪府内のコンビニで、偽物の覚醒剤を売ったとして客とトラブルになり、警察沙汰となった事実も明らかにされた。
検察側の証人にもかかわらず、須藤被告が本当に覚醒剤を手に入れられたのか強く疑問が残るやり取りとなった印象だ。その一方で、須藤被告から「旦那にばれるから」と売ることを急かされたとも話し、後の被告人質問での「野崎さんから購入するよう言われた」という旨の発言と矛盾するような証言も出てきている。
■元妻は法廷で「遺産目的は隠してない」「覚醒剤は購入依頼された」
11月に3日間にわたり行われた被告人質問。法廷で2か月ぶりに口を開いた須藤被告が、経緯の詳細をどのように語るのかが注目された。
「普通の愛し合って結婚するとは違う」
「離婚するならどうぞって感じですし」
「遺産目当てということは誰にも隠してない」
一つ目のポイントは、須藤被告が『遺産目当てで結婚した』という事実を否定することなく、むしろ何度も繰り返し肯定したことだ。須藤被告は、「結婚生活続けられませんね。離婚します」などと、自ら離婚を切り出していたとも明かした。検察側が主張した「動機」=「離婚により遺産が手に入れられなくなることを恐れた犯行」という点を、あえて遺産目的の結婚であったことを強調することで真っ向から否定したのだった。
もう一つのポイントは、覚醒剤の入手理由について、性交渉で機能不全になった野崎さんから「もうダメだから覚醒剤を買ってきてくれないか」と須藤被告は証言した点だ。
須藤被告の法廷での証言を整理すると、以下のようになる。
▽「お金くれるならいいよ」と返事したところ20万円を手渡された。
▽買い方が分からなく、一旦は放置したものの「あれ(覚醒剤)どうなった?」と聞かれたことで売人と接触。1グラム10万円ほどで購入した。
▽野崎さんに購入したものを渡したが「あれは使い物にならん、偽物や。もうお前には頼まん」と言われた。
「偽物を売った」という売人の1人の話とも近い部分があり、供述は非常に具体的なものだった。
一方で、野崎さんから手渡された20万円について、検察は「北海道から野崎さん宅がある田辺市までの交通費ではないか」と指摘した。須藤被告は20万円を手渡された前日、住民票を移すために実家のある北海道から田辺市へ移動していたのだ。須藤被告は「社長(野崎さん)と一緒に来たので交通費はその時社長が払っている」と話したが、その日、須藤被告は1人で移動しているはずで矛盾が生じている。“売人”とされる男2人や須藤被告の発言の信ぴょう性をどう評価するかが、重要なポイントになりそうだ。
■検察側は「被告以外に犯行可能な人物おらず、明確な犯行動機」
今回の裁判のように、状況証拠(=間接事実)のみから判決を決めなければならない場合の基準は、「被告人が犯人でないとすれば合理的に説明できない事実が存在するか」だとされている。すなわち、「須藤被告が犯人でなければ成立しえない事実がこれまでに示されたかどうか」が判断の大きな要素となる。
論告求刑で検察が強く訴えたのは「須藤被告以外に犯行可能な人物がいなかった」という点と「須藤被告には明確な犯行動機があった」という点だ。
前者について検察側は、防犯カメラ映像などから「第三者が侵入した形跡はなく、犯行時間は須藤被告と野崎さんの2人きりだった」ことやヘルスケアアプリの計測結果を改めて強調。
さらに、野崎さんに注射痕がなかったことや毛髪検査で覚醒剤が検出されなかったこと、インターネットに疎いこと、自力で覚醒剤を入手できたとは考え難いことなどを挙げ、自ら摂取した可能性は考えられず、第三者による摂取と考えるのが妥当だと指摘。その人物は須藤被告以外にいないと主張している。
また後者について、須藤被告の「完全犯罪」「覚醒剤 死亡」など、犯行を思わせるような検索履歴や「遺産相続」「妻に全財産残したい場合の遺言書の書き方」など、資産の引き継ぎを念頭に置いた検索履歴を大量に残している点を改めて指摘。遺産目的で殺害を計画していたのは明らかだと主張した。
■「検察側の仮説は想像の産物」立証の不十分さを弁護側が指摘
弁護側は最終弁論で、「検察側の仮説は想像の産物に他ならない」などと、検察の主張の不十分さ、曖昧さを強く指摘した。中でも特に時間を割いて言及したのが「覚醒剤をどのように飲ませたか」についてだった。
弁護側は覚醒剤を飲ませる方法を3種類挙げ、いずれの方法でも飲ませることは困難だと主張した。
①「結晶のまま」
野崎さんの覚醒剤摂取量が3グラムだと仮定すると、市販の胃薬に換算した場合2~3袋と同量となる。なじみのない結晶状の薬をこれだけ多量に飲ませることは、常識的に考えて容易ではない。
②「飲み物に溶かす」
仮に液体に溶かすことができたとしても、強烈な苦味ですぐに分かる。また、自らビール瓶を開けてグラスに注ぐことが多かった野崎さんに対し、事前にビールに溶かして確実に飲ませることは難しい。
③「カプセルを使用する」
国内で流通するカプセルは2種類の大きさがある。3グラムの覚醒剤を内包するのに必要なのは、小さい方の規格で16~17個、大きい方の規格でも9~10個となるが、それだけ多量のカプセルを飲ませることは現実的ではない。
そのほか、須藤被告は覚醒剤の飲ませ方や致死量などを調べた形跡がなく、入念に準備していたとは言い難いと指摘。その上で、検察は手段の立証を「あえて避けている」とも述べ、「怪しいという状況のみで有罪とすべきではない」と改めて主張した。
全期日の終了後、裁判長から最後に言いたいことを聞かれた須藤被告は、短く、端的な言葉にとどめた。
須藤被告
「ちゃんと証拠を見て判断していただきたいです。よろしくお願いします」
検察側の無期懲役の求刑に対し、全面的に無罪を主張する弁護側―。果たして裁判員・裁判官はどのように判断をするのか。判決は12日に言い渡される。