【裁判の行方は?】“紀州のドン・ファン”殺害事件裁判 審理はついに核心部分へ 食い違う主張と争点「遺産目当て隠してない」「覚醒剤購入依頼された」元妻の新証言に矛盾を突く検察
“紀州のドン・ファン”と呼ばれた資産家の男性が殺害された事件をめぐる裁判員裁判は重要な局面を迎えています。
犯行を示す直接的な証拠がない中、元妻への被告人質問が3日間にわたって行われました。無罪を主張する元妻からは、捜査段階では話さなかった新証言がいくつも飛び出す中、供述の矛盾点を突こうとする検察側―。
18日に論告求刑と最終弁論が予定される中、被告人質問であぶりだされた双方の主張の食い違いと裁判のポイントを整理します。(取材報告:澤井耀平記者)
殺人などの罪に問われている須藤早貴被告(28)は、2018年5月、和歌山県田辺市の自宅で、野崎幸助さん(77)に何らかの方法で致死量を超える覚醒剤を摂取させ殺害した罪の問われています。
須藤被告(9月12日の初公判)
「私は社長(=野崎さん)を殺していませんし、覚醒剤を飲ませたこともありません」
犯行を示す直接的な証拠がない中、9月から始まった裁判で、検察側は「莫大な遺産目当ての殺人」だったとして、知人とのグループチャット上のやりとりなどの状況証拠を提出。
さらに、覚醒剤の“密売人”とされる男や野崎さんが経営していた会社の経営者ら関係者28人が証言台に立ち、密売人とされる男が須藤被告とみられる女性に覚醒剤を販売したことや、野崎さんが殺害される直前に須藤被告と“離婚”したがっていたことが明らかになりました。
こうした中、11月8日から始まった被告人質問。
「お金もらってラッキー、毎月100万円くれる“契約”みたいなもの。普通の愛し合って結婚するとは違う」
「離婚するならどうぞって感じですし」
「遺産目当てということは誰にも隠してない」
須藤被告は、「遺産目当ての殺人」という検察側の主張を真っ向から否定。
弁護側からの質問は、野崎さんとの出会いや結婚の経緯、性行為を含む夫婦生活に至るまで赤裸々な内容が多々含まれ、これまで明らかになっていなかった新証言も飛び出しました。
一方で、被告人質問2日目の11日午後、検察側の質問が始まると、須藤被告が捜査段階で答えていた供述との矛盾が明るみになりました。
それまで言いよどむことなく質問に答えていた須藤被告が、言葉を詰まらせたり、沈黙したりする場面も見られました。
野崎さんの死因となる『覚醒剤』について、結婚から2か月後の2018年4月、須藤被告が「覚醒剤 死亡」と検索し、田辺市内で実際に“密売人”と接触していたことが明らかになっています。
須藤被告は法廷で、野崎さんが性行為を何度か試みるも失敗していたタイミングで「社長から『もうダメだから、覚せい剤を買ってきてくれませんか?』と頼まれた」と発言。
購入費用として20万円受け取り、自分の口座に入金したと説明しました。
須藤被告によれば、野崎さんの依頼をしばらく“放置”していたものの、野崎さんに催促され「え?マジなの?」と思い『薬物 裏掲示板』と検索し、『裏2ちゃんねる』に載っていた番号に電話。
その後、密売人から覚醒剤を直接購入し、野崎さんに渡したものの「あれは使い物にならん。偽物や。もうお前には頼まん」と言われたと語りました。
一方、11日の検察側の被告人質問で、警察の捜査段階の取り調べでは、覚醒剤について「(私は)買っていないし(野崎さんが)関わっているとも思わなかった」と答えていたことが明かされました。
この点について、検察側が「(当初から覚醒剤を)買って渡したと言えばよかったのではないか?」と聞くと、須藤被告は「警察にそう言ったところで、信じてもらえると思わなかった。怖くて言えなかった」と答えました。
裁判の序盤から検察側の証拠として注目されているのが、須藤被告のスマートフォンのヘルスケアアプリに記録されたデータです。
このデータによると、須藤被告が事件当日の犯行推定時刻に少なくとも8回、野崎さんが亡くなっていた2階に上がっていることがわかっています。
須藤被告は弁護側の被告人質問で、「1回目から5回目に関しては野崎さんに目薬をさしに行ったり、日用品を取りに上がったりした記憶がある」と話し、6回目から8回目に関しては「日常的なことだったので記憶がありません」と話しました。
8回も2階に上がることを“日常的なこと”だとする須藤被告に対して、検察側は新たに、事件以前の約1か月間、日々の1階と2階との往来回数がどれくらいかだったかを法廷で提示。ほとんどの日は“3回以下”で、3回を超えた日は4月20日と21日のみだと指摘したのです。
検察側が「5月24日が8回というのは不自然ではないか?」と尋ねると、須藤被告も「5、6回の昇降もある」とこれらの日付を引き合いに出しました。
ここで検察は、さらに新たな証拠を提示します。
実はこの4月20日と21日は、須藤被告が自動車学校に通った日で、自動車学校で階段の昇り降りが各日ごとに3回あり、この回数を差し引くと、“両日とも自宅では3回を超えていなかったはずだ”と指摘したのです。
改めて検察側が「事件の日だけ8回というのは不自然ではないか? 」と問いただすと、須藤被告は沈黙ののち「確かに多いなって思いました」と口にしました。
検察が有罪を立証する上での証拠の1つに、須藤被告のインターネットでの検索履歴があります。
須藤被告は事件前、『完全犯罪』や『老人 死亡』などをインターネット上で検索していたことがわかっています。
弁護側の質問で須藤被告は、「グロテスクなもの、不気味なものを調べるのが好きでした」と語りました。
『完全犯罪』と検索したことを検察側に指摘されると、「未解決事件やサイコパス事件、完全犯罪などが好きで調べていただけ」と答え、『老人 死亡』に関しても「直前に見た映画が影響している」とし、普段からこのようなキーワードで検索していたと主張しました。
検察側はこの主張に対し、須藤被告が『ヘロイン』や『コカイン』などと違法薬物について検索をした日付が、2018年3月29日だと指摘します。
須藤被告が野崎さんに初めて「覚醒剤を買ってきて」と依頼されたのは、この2~3日後の4月1日前後だと説明していたため、須藤被告の主張通りであれば、偶然、2~3日前に違法薬物について検索していたことになります。
検察側は「ヘロイン、コカインの検索履歴について、野崎さんとの関係はあるか?」という検察の質問に、須藤被告は「ないです。海外の有名人がよく使っているので、どういう薬か気になって検索した」と回答。
「(2~3日前という)偶然でびっくりしなかったか?」という質問に対しても、須藤被告は「特にしなかった」と語りました。
被告人質問最終日の15日、それまで淡々と質問に答えていた須藤被告が、感情をあらわにする場面もありました。
須藤被告(15日の被告人質問)
「(検察の指摘について)今更どうがんばっても思い出せないものは思い出せない」
「(野崎さんが)目の前にいたら文句を言ってやりたい」
「もうちょっと死に方考えてほしかった。私は何年も“人殺し”扱いなので。くそっ」
3日間にわたる被告人質問が終わり、11月18日の次回の公判は、検察側の論告求刑と弁護側による弁論、被告人による最終陳述が行われ、裁判は結審します。
あくまで“潔白”を主張する被告と弁護側に対し、状況証拠の積み重ねと供述の矛盾点を突くことで有罪を立証しようとする検察側―。
双方の主張が真っ向から対立する中、裁判官と裁判員はどのような判断を示すのでしょうか。
判決は12月12日に言い渡されます。