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わずか4秒で人生一変 後を絶たない車の「踏み間違い」、19歳の2人が死傷した福島県の事故

2024年5月30日 20:49
わずか4秒で人生一変 後を絶たない車の「踏み間違い」、19歳の2人が死傷した福島県の事故
JR鏡石駅での事故現場 2024年2月

関東の大学に通い、交際中だった当時19歳の2人は春休み期間を利用して福島県のドライビングスクールの免許合宿に参加した。卒業検定で無事合格し、帰ろうと駅近くの歩道を歩いていた時だった。時速46キロを超える車が2人を次々とはね飛ばし、駅舎に突っ込んだ。男子学生は死亡、女子学生も頭の骨を折る大けが、一瞬の出来事だった。事故を起こしたのは72歳の女性。なぜ事故を起こしたのかについて「いくら考えてもなぜそうなったか分からない」と答えた。様々な証拠から捜査機関が特定した原因はアクセルとブレーキの“踏み間違い”。この踏み間違いによる悲惨な事故が後を絶たない。

一時停止のはずが…大学生2人を死傷させた事故

痛ましい事故は、今年2月15日午後3時50分頃に福島県にあるJR鏡石駅前で起きた。地元で暮らす72歳の女性はいつものように自分の軽乗用車を運転し、かかりつけの病院へ向かった。駅前の交差点に差し掛かった時、一時停止の標識を見て、一時停止しようとブレーキを踏み込んだ時だった。車は止まるどころかどんどん加速していった。女性はパニックに陥った。



「車が止まらない・・・」



車は直進方向にある駅のロータリーに進入。その先の歩道を歩いていた大学1年生の男女2人を次々とはねた。男子学生は約4メートル先にある駅舎の壁面にたたきつけられ、車の下敷きに。女子学生は約10メートル先までね飛ばされ、駅舎のガラスを突き破り、地面に倒れ込んだ。2人は意識不明の状態で病院に救急搬送された。その後、男子学生は死亡が確認され、女子学生は懸命な治療により意識を取り戻したが、頭の骨を折るなどの大けがだった。

わずか4秒で人生が一変・・・原因は“踏み間違い”

「アクセルから足をはずし、ブレーキを踏んだが、車のスピードは落ちなかった。どうしてスピードが落ちないのかと思っていると、目の前に人がいることに気づき、ぶつかってしまった」。



警察に取り調べに対し、女性は「ブレーキをかけたつもりだったが、踏み間違えてしまったと思う」と供述。そして、警察による防犯カメラなどの解析で、女性が運転する軽乗用車は交差点から駅ロータリーに進入し、2人をはねるまで“わずか4秒”であることがわかった。この間、車の時速は約46キロから49キロに達していた。2人をはねた後も車の後輪はせりあがる状態であったことが駅舎の防犯カメラに映り、事故の悲惨さを物語っていた。事故後に行われた検証などにより、車に故障はなかったことが証明され、ペダルの踏み間違いが事故の原因とみて、捜査が進められた。

遺族らの深い悲しみと無念…「叶えるなら返してほしい」

4月末に、事故の裁判が始まった。72歳の女性はうつむいた状態で入廷し、手が震え、涙目となっていた。男子学生の父親の陳述書を検察官が読み上げた。



「息子は子どもの頃にはサッカー、小学校から大学までバスケットボールを続け、健康体であった。妻がコロナになった時も、食事を作るなど家族思いの子だった。息子はまだ19歳で、今後も長く続いた未来があったはずだし、私たちもずっとそれを見ていたかった。息子がもう戻ってこないのは悲しい。相手の方には重く受け止めて欲しいし、厳重な処罰を受けて、責任を取って欲しい」。



大けがをし、大切な交際相手を失った女子大生の陳述書も読み上げられた。



「(5月は男子学生の)誕生日で、旅行に行く約束もしていた。本当に悔しいし、願いを一つ叶えてもらえるならば…返して欲しい」。



72歳の女性は胸の前で両手を握りしめ、体が激しく震え、涙がこぼれ落ちた。裁判官から「大丈夫ですか」と気遣いされる場面もあった。

踏み間違いの原因「分からない」

そして、裁判では、なぜ女性が踏み間違いを起こしたのかが大きな焦点だった。急いでいた、あるいは車の運転が不慣れだったなど、様々な理由が考えられたが、女性はこう答えた。



「いくら考えてもなぜそうなったのか分からない。(踏み間違いを)ニュースで見たことはあるが、まさか自分の身で起きるとは思っていなかった。間違えてはいけないことは常に頭にあった」。



女性に事故・違反歴はなかった。そして、女性は免許を返納し、所有していた2台の車を処分したことを明かし、二度と運転しないことを誓った。さらに、「許されないことだけど、もしお会いできるなら、直接お詫び申し上げたい」と述べた。これに対し、検察側は「遺族らは会いたくないと言っている、事故を思い出したくないから出廷もしなかった」と伝えると、「自分なら許せないと思う、一生向き合っていきます」と、涙を流しながら答えた。

高齢者に多い踏み間違い・・・パニック時の「思い込み」が暴走につながるケースも

「ブレーキ操作不適が後期高齢者、特に75歳以上をもって多くなる傾向がみられます」。



こう話すのは、交通事故の原因や対策を研究する福山大学の関根康史准教授。その理由について、認知能力と身体的な能力の低下が関連していると指摘する。さらに…。



「太ももをあげて、アクセルからブレーキへ操作を切り替える習慣を持っている人は、パニックになった時に一旦足をあげれば、次はブレーキを踏めるという思い込みがある」。



普段から足を上げてペダル操作している場合、なんらかの拍子でパニックになると、足をあげれば「ブレーキが踏める」と思い込んでしまい、結果としてアクセルを強く踏み、暴走につながるという。

昨年度の踏み間違いによる事故は3110件、38人が死亡、4343人が重軽傷を負った(交通事故総合分析センター調べ)。2018年から3年間の統計だと、事故を起こしたドライバーの7割以上が65歳以上の高齢者だった。警察などは高齢者に免許返納を呼びかけているが、公共交通機関が十分に整備されていない地方では、日常の買い物や通院などで車を使う高齢者も多く、思うように進んでいない。

効果的な対策…日々進化する車の「技術」

「『技術』に頼るのも悲惨な事故を防ぐ効果的な選択肢です」。



福山大学の関根准教授は、高齢者など運転に問題を抱えている人は安全をサポートする「サポカー」に乗り換えることも有効な対策という。前方の車や人を検知して車を制御する「自動ブレーキ」については、国は2021年に国内産の新型車への搭載を義務化した。ただ、ソニー損保保険の調査(2023年)によれば、街中で走っている車の中で自動ブレーキ機能が搭載されている車はまだ3割ほどにとどまっている。

そのため、カー用品店などでは後付けできるサポート装置も販売されている。誤ってアクセルを強く踏んでしまった場合に車内で警報音が鳴り、急発進を自動で防いでくれるものもある。東京都では高齢者を対象に、こうした安全運転装置の購入と設置費用の5割から9割を補助する制度を実施した。全国的にはまだ少ないが、こうした自治体も出始めている。

判決は執行猶予付きの有罪判決

「被告に禁錮3年、執行猶予5年の判決を言い渡す」。



5月13日、裁判所が女性に下したのは執行猶予付きの有罪判決だった。検察側の求刑は禁錮3年6か月だったが、裁判官は「被告による過失の程度は相当に大きい」とした上で、女性に前科や事故歴がなかったことなどを踏まえ「危険なスピード違反やわきみ運転などと比べると、今回の事案が特段に悪質なものとは言い難い」と判断した。女性は震えながら聞いていた。最後は、深く一礼をして、法廷を後にした。



踏み間違いによる痛ましい事故を1件でも減らすには、後付けの自動ブレーキ装置や補助制度をより多くの人が知ること。家族や知り合いに高齢者がいる場合、普段乗っている車に傷はないか、様子がおかしなところはないかなど、周囲が異変に気づいてあげることも大切だ。

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