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【命のらせん階段】「東日本大震災」の記憶伝える研修会 津波から住民救った「階段」を見学 中には「能登半島地震」経験者も(宮城・気仙沼市)

2024年1月18日 7:30
【命のらせん階段】「東日本大震災」の記憶伝える研修会 津波から住民救った「階段」を見学 中には「能登半島地震」経験者も(宮城・気仙沼市)
宮城・気仙沼市で「東日本大震災」の記憶を伝える研修会が開かれ、参加者が津波から地域住民を救った「命のらせん階段」を見学した。

震災の語り部「備えあれば憂いなしという言葉がありますけれど、この辺は低い場所なのに高い建物がほとんどない。そういうところでもあるわけです」

津波の爪あとが残る気仙沼市内ノ脇の「命のらせん階段」。

これは、ホテルや水産会社を営む「阿部長商店」の創業者の自宅だった建物で、いざという時のために外階段が取り付けられていた。

震災では、地域住民などおよそ30人が、外付けの階段で屋上へ避難し津波から逃れた。

研修会には、ホテルの宿泊客や市民など34人が参加。

宿泊客の中には、元日の「能登半島地震」を経験した人もいた。

富山県高岡市から来た宿泊客「すごい揺れました。震度5強ぐらいで職場がめちゃくちゃになっていて。いつ地震が起こるか分からない、 それこそ正月に来るなんて誰も思ってなかったと思いますので、少なくとも備えというのは必要だと思いました」

参加者は、津波から命を救った震災の伝承施設を見学し、災害時の備えを学んでいた。