観光客の命をどう守る?「臨時情報」をきっかけに海沿いの観光施設が始めたこと
あれから1か月。
もし、観光中や出張中に、地震が、津波が起きたら…私たちはどう避難したらいいか。
こうした「土地勘のない人」たちをいかにスムーズに、安全な場所へ避難させることができるか、愛媛県の海沿いの観光施設で、避難計画の見直しが始まりました。
四国の西の玄関口で、人気観光施設が動き始める
愛媛県西宇和郡伊方町、三崎地区。
四国の最西端、“日本一細長い半島”佐田岬半島の先端近くあるのが「佐田岬はなはな」です。
「はなはな」の隣には三崎港があり、大分の佐賀関とを結ぶ一日32便のフェリーが運航しています。
「佐田岬はなはな」は4年前にオープン。「海鮮の味とロケーションが一番の売りなんです」と話すのは佐々木伊津子支配人です。
その言葉通り、地元でとれるシラスやイセエビなどの新鮮な魚介を、宇和海が一望できるレストランで堪能することができるほか、カフェなども併設していて、ゆったりとした“みなと時間”を過ごすことができます。今では年間20万人が訪れる人気の観光施設です。
そんな港町に、緊張が走りました。8月8日、夏休み真っ只中の夕方4時40分すぎ。
佐々木支配人「携帯電話のアラートがあちこちで鳴り、お客様も、私たちも何事かと慌てました。海のすぐ近くの施設ということもあり、館外に出る人や車で逃げる人もいましたね」
伊方町では県内最大震度の4を観測。
地震のおよそ10分後には「はなはな」の目の前にある宇和海沿岸に津波注意報が発表されました。
施設でも、毎年訓練を行っていましたが…
佐々木支配人「訓練の時は、お客さんがいないので冷静に考えることができたが、いざ起きてみると、どのように声掛けをして冷静にお客さんの安全を確保するのか、思った以上に焦りました」
この地震で、愛媛県では宇和島で最大7㎝の津波を観測、被害やけが人などはいませんでしたが、より安全な施設にしていく大切さを改めて感じた佐々木さんは避難計画の見直しを始めました。
「土地勘のない人」が「土地勘のない人」を誘導する難しさ
三崎港には最大で13.7mの津波が予想されています。
そして「佐田岬はなはな」や三崎港のある地区は、ほぼ全域が浸水想定区域となっているため、とにかく「山に逃げる」ことが求められます。
「はなはな」では、事前に設定した避難ルートが4つ。
地区の高台にある三崎高校を最も有力な避難場所ですが、海沿いの国道を2kmほど移動しなければいけません。そのため、近くの集落にある高台も避難場所にしていますが、実際に歩いてみると大きな問題が…
佐々木支配人「集落の中では細い路地が多く、初めての人では離合もできないような道もあります。観光客にはこの道は難しいかな」
地震による建物の倒壊で、細い路地が通れなくなるおそれもあるほか、山に逃げるということは土砂災害のリスクもあります。伊方町は細長い半島に位置し、広い範囲が土砂災害の危険箇所に指定。また観光客には高齢者や子供連れ、障害のある人などもいるため、そういった方達をどう誘導するかも課題です。
また、佐々木さんがもう一つ課題に挙げているのが、従業員の「土地勘」です。
「はなはな」には売店と食堂で15人が働いていますが、このうち、この地区に住むのは3人で、他のスタッフは町内の別の地区や隣町の八幡浜市から通勤しています。事前にハザードマップには目を通していますが、日常的にはほとんど通ることがない道も多く、佐々木さんは「土地勘のない人が土地勘のない人を誘導する難しさ」にも頭を抱えていました。
津波から命を守るためのポイントはー
津波からの避難行動を研究している東北大学の今村文彦教授は「自主的に逃げてもらう“周知”」がポイントだと話します。
観光などの際、手元にハザードマップをもって観光する!という人はほとんどいません。
今村教授は、万が一の時に、避難ルートや避難場所がわからないと逃げ遅れにつながるだけでなく、危機意識が高まりパニック心理などに陥るおそれもあるといいます。
そのため、初めての人でも分かりやすい避難ルートや避難場所を記したものやハザードマップなどを施設に来て目につく場所に掲示するなど、「自主的に逃げてもらうための準備」が必要だと話します。
また、客数など、その時の状況によってベストな避難経路を案内できるように「誘導する避難ルートを複数準備すること」。計画を作る際には実際に避難ルートを歩き、危険な場所はどこかなどを確かめたり、避難にかかる時間を確認したりすることも大切だといいます。
今村教授は、そのヒントとして山形県酒田市が作っているリーフレットと津波避難啓発映像を挙げています。(酒田市HPにて公開されています。飛島津波避難啓発映像及びリーフレットで検索をしてください)
リーフレットには島の地図に複数の避難路が赤線で目立つように示されているほか、目印や避難する時の注意点、避難経路の入り口に看板を設置、またハザードマップを確認できるQRコードをつくるなど、初めてその場所に訪れた人でもわかるよう、避難に必要な情報が書かれています。
またフェリー内で流れる啓発動画は、地区ごとの避難行動が紹介されているほか、外国人にもわかるよう英語の字幕もあり、島の美しい景観の映像とともに“伝える”工夫をした動画に。
今村教授は「フェリーに乗ると船の安全ビデオのあとにこの動画を見ていただく。そして手元にはリーフレットがある。周知という面ではとても有効」と話します。
このようなアプローチをした上で、従業員が、“どのルートで逃げるのか”お客さんを的確に誘導し、安心感を持って行動してもらえるようにしていくことが求められています。
臨時情報をきっかけに「より安全な施設」への模索
9月6日。
佐田岬はなはなのスタッフが新しい避難ルートを実際に歩いて検討していました。
これまでは人が密集する集落方向の避難ルートを複数設定していましたが、別の集落にも選択肢を広げてみよう、防災への思いが行動となって表れ始めていました。
「他人事ではないなというのが一番。お客様の安心と安全をどう守っていくかというのは、私だけでなく従業員も肝に銘じて日頃仕事をしていくということが大事なことだと改めて感じました」と支配人の佐々木さん。
インバウンドの増加など、訪れる客層も変化していくなかで、危機意識をバージョンアップし、定期的に安全について考える機会を持ちたいとも話します。
いつ発生してもおかしくない南海トラフ地震。
その時、逃げ遅れを一人でも減らせるよう具体的なアクションが求められています。