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【“マルキの闇”裁判終結へ㊤】兵庫県警機動隊員連続自殺「息子は警察に殺された」記者が追った8年半

2024年3月16日 11:00
【“マルキの闇”裁判終結へ㊤】兵庫県警機動隊員連続自殺「息子は警察に殺された」記者が追った8年半

 2015年秋、兵庫県警機動隊、通称「マルキ」で若き警察官2人が相次いで自殺した。そのうち一人の遺族が「パワハラが原因だった」として、兵庫県に損害賠償を求めていた裁判で、兵庫県警側がパワハラを認めて謝罪することなどを条件に、3月22日に和解が成立する見込みだ。かつて「パワハラはなかった」と結論付けた兵庫県警の調査結果が、長い歳月を経て覆されることになる。
 自殺の真相を独自に追い続けてきた記者が、遺族の8年半におよぶ闘いを振り返る。(全3回の第1回/取材報告:読売テレビ橋本雅之)

■約20人の小隊で起きた「異例の連続自殺」パワハラ示唆する遺書も

 2015年、私は入社2年目の記者として読売テレビの神戸支局に勤務していた。
10月上旬、警察関係者への取材で「兵庫県警の機動隊員2人が相次いでパワハラを訴えて自殺した」との情報を得た。
 すぐに兵庫県警の監察官室に問い合わせたところ、神戸市須磨区にある機動隊の独身寮「雄飛寮」で、20代の男性巡査2人が相次いで自殺を図っていたことが判明。先輩隊員からパワハラを受けていたことなどを示唆する遺書も見つかっていて、兵庫県警が内部調査を行っているという。

 さらに関係者への取材を進めると、自殺を図った2人は、ともに機動隊の第一中隊第一小隊、通称「イチイチ」に所属する山本翔巡査(当時23)と木戸大地巡査(当時24)であることがわかった。
 兵庫県警機動隊、通称「マルキ」。約20人で構成される小隊の中で、わずか一週間に2人の若き警察官が自殺するのは異例の事態だ。
 当時の私は、木戸巡査と同い年の24歳だった。自分と同じ世代の警察官2人が、なぜ自ら命を絶たなければならなかったのか。警察組織の中で一体何が起きていたのか。連続自殺の真相を明らかにしなければ、また同じことが繰り返されてしまうのではないか。そんな思いから、「マルキの闇」の真相に迫る8年半におよぶ取材が始まった。

■兵庫県警の内部調査では「いじめやパワハラはなかった」

 取材を始めて2か月。開始早々、取材は暗礁に乗り上げた。
2人の自殺について内部調査を行った兵庫県警が、機動隊の同僚や上司ら約130人に聞き取りを実施した結果、「いじめやパワハラはなかった」と結論付けたのだ。遺族には、この調査結果を口頭で報告し、「自殺した原因はわからなかった」と伝えたという。
 この調査結果は、後に長い歳月を経て覆されることになるのだが、当時の私は"捜査のプロ"である警察が出した「パワハラなし」という調査結果を前に、これからどう取材を進めていいものかと悩んでいた。

 そこに追い打ちをかけるような出来事が起きる。兵庫県警の調査結果が出てからしばらくして、県警の幹部と県警記者クラブによる懇談会が開かれた。私は、その懇談会で県警トップの本部長(当時)が口にした言葉を鮮明に覚えている。
 本部長は、瓶ビールを各社の記者たちに注ぎながら言った。

■兵庫県警トップ「もうあの事案を報じる必要はない」

 「機動隊員2人の自殺は、パワハラやいじめによるものではなかった。いくら調査しても何も出てこない。もうあの事案を報じる必要はない」

 報道各社への明らかな圧力だった。しかし、本部長の言葉に多くの記者が平然と頷いている。
 私は強烈な違和感を感じた。記者クラブに所属して取材活動を行う以上、警察幹部との関係性はもちろん重要だが、報道機関は「権力の監視」という責任を背負っているはず。本当にこのまま報じなくてよいのだろうか…。葛藤を抱きながら私は懇談会の会場を後にした。その日以降、新聞やテレビで機動隊員の連続自殺が取り上げられることはなくなった。

■「息子は警察組織に殺された」

 警察が調査を打ち切った以上、遺族や関係者への取材を通して、自力で2人の自殺の真相に近づく必要があった。
 翌2016年1月、私は山本翔巡査(当時23)の実家を訪ねた。息子が亡くなって約4か月、憔悴しきった様子の母親が迎えてくれた。
 遺影の山本巡査は、優しく穏やかな表情でほほ笑んでいる。幼い頃から正義感が強く、刑事になるのを夢見て警察官となった息子。母親が最後に対面したときは、「いっぱい泣いて泣いて、悩んで悩んで、最後は自分で腹をくくった表情だった」という。
 母親は「兵庫県警の調査結果には、全く納得できない。息子は警察組織に殺された。その証拠がきちんとある」と言って、たくさんの資料が入ったファイルを私に手渡してくれた。
 その中に、機動隊の先輩3人の名前が記された遺書があった。

■「嫌がらせやウソつき呼ばわりには精神的に限界」届かなかったSOS

 山本翔巡査(当時23)の遺書
「これ以上、機動隊での勤務は耐えられない。先輩の嫌がらせや上司からのウソつき呼ばわりには精神的に限界です」

 母親は、山本巡査の遺書を手で優しくなでながら「翔の思いがわずかな行に全部つづられている。ここに記した3人の名前には、翔の悔しさや苦しみ、無念さが全部入っている」と語った。
 さらに、兵庫県警が遺族に開示した内部資料には、山本巡査が自殺当日、県警の職員向けの相談窓口に電話をかけ「機動隊内でパワハラにあっていて精神的につらい」と相談していたことが記録されていた。やり取りは20分以上におよび「時には横腹を殴られる」とも訴えていた。相談の最後には「機動隊から異動したい」と懇願するなど、山本巡査が警察組織の中で精神的に追い詰められていたことがうかがえる。
 しかし、電話を受けた担当者は、緊急性はないと判断。山本巡査の「SOS」が組織内で共有されることはなかった。
 その電話から数時間後、山本巡査は自ら命を絶った。

 これでは遺族が納得するはずがない。母親は「生きている人たちの証言だけで判断されるのは悔しい。翔がいじめやパワハラを訴えていた記録がきちんと残されているのに…。警察の調査には疑問しか残らない」と涙を流した。

■自殺直前、婚約者に「これからもずっと大好きやけど、マルキには耐えられん」

 山本巡査には婚約者の女性がいた。
2人で撮影した写真からは、とても仲が良く幸せいっぱいの様子が伝わってくる。
 結婚を目前に控え順風満帆に見えた山本巡査は、なぜ自ら死を選んだのか。
私は山本巡査の婚約者に会い、当時の状況を聞くことにした。
 婚約者が山本巡査と最後に会ったのは、自殺する前日。いつもと変わらない様子で、2人でたくさん笑って過ごしたという。しかし、その翌日、山本巡査から送られてきたLINEのメッセージで状況は一変する。

「これからもずっと大好きやけど、これ以上マルキ(機動隊)には耐えられん。死にたいよ。この世からホンマに消えたいって思えるくらい辛い」

 ただ事ではないと感じた婚約者はすぐに電話をかけ、数十回目でようやくつながった。
 その際、山本巡査は追い詰められた様子で、こんなやり取りがあったという。

■「いまな首をつってん」

 山本巡査
「いまな首をつってん。5秒くらいしたら気を失って、気づいたら床に倒れていた」

 婚約者
「神様が『もうしたらあかん』って言ってるんやで。だから、もうしたらあかんよ」

 山本巡査
「(ロープを)もう一回太くしたら、いけるかもしれへん」

 婚約者
「絶対したらあかん。絶対連絡するから待っててな」

 山本巡査
「うん、待ってる」

 これが山本巡査と婚約者の最後の会話となった。その後、いくらメッセージを送っても山本巡査から返事が来ることはなかった。
 山本巡査の母親や婚約者への取材を通して、私は兵庫県警の「パワハラはなかった」とする調査結果に疑念を抱き、「異例の連続自殺」の真相を解明するために取材を継続することを決めた。(つづく)【全3回のうちの第1回】

 次回は、自殺した2人のうちのもう1人、木戸大地巡査(当時24)の遺族と警察組織の闘いや兵庫県警が真っ黒に塗りつぶした自殺の「真相」について詳しくお伝えします(あす17日を予定)。

■記者プロフィール

橋本雅之
2014年読売テレビ入社。記者として神戸支局、大阪府警、大阪地検特捜部などを担当。報道番組のフィールドキャスターを経て、現在NNNニューヨーク支局特派員。北米や中南米のほか、ウクライナとイスラエルの戦地を取材。アメリカ赴任後も遺族と連絡を取り合い「マルキの闇」の取材を継続。

■悩みを抱えている人へ

 厚生労働省や自殺の防止活動に取り組む専門家などは、悩みを抱えていたら自分だけで悩みを解決しようとするのではなく、専門の相談員に話を聞いてもらうなどしてほしいと呼びかけています。

【こころの健康相談】
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/kokoro_dial.html

【いのちの電話】
https://www.inochinodenwa.org/