間もなく解体 秋田市文化会館で"タイムカプセル"発掘 その中身とは?
おととし閉館した秋田市文化会館の建物の中に、施設が完成した約40年前に当時の市長が封印した、いわば「タイムカプセル」が眠っているんです。
来月からの解体を前に、そのタイムカプセルを取り出す作業が行われました。
なぜタイムカプセルは封印されたのか、そして、一体何が眠っていたのでしょうか。
閉館から約2年。
民間企業や団体などに譲り渡すことも検討されましたが、「引き取り手」は見つからず、解体されることが決まった、旧・秋田市文化会館。
27日は、一部の出入り口が開いていました。
田村誉主在アナウンサー
「結局、引き取り手が見つからない…という、少々寂しい形で姿を消すことになる、旧・文化会館ですが、建物が完成してから閉館まで、利用者がひっきりなしに訪れた施設でした。そうした多くの利用者を静かに見守っていたといえる存在が、この定礎板です」
施設が完成した日が刻まれた、「定礎板」。
建物が完成したことを目に見える形で歴史に刻み、建物が長持ちするよう願って設置するものです。
旧・文化会館に定礎板が設置されたのは、1980年3月26日。
当時、市政のかじ取り役だった高田景次市長などが立ち会っていました。
田村アナ
「この定礎石の裏側には、建物が完成した当時の時代の様子が分かる品物や資料を、定礎箱と呼ばれる箱に詰め、埋め込む作業も行われます。いわばタイムカプセル封印です」
去年10月には、仙台市で、まさにそのタイムカプセルが取り出される作業が行われました。
黒ずんで年季が入った箱は、60年近く前のものです。
仙台市役所の解体に合わせて、箱の取り出しと、報道機関への公開が行われたもので、箱の中には、当時の市の幹部や、建設に関わった人の名簿などが入っていました。
旧・文化会館でも、この作業が行われることになり、建設に携わっていた元・市役所職員も立ち会いました。
歴史が詰まった箱、そして、記憶の扉を開く作業は、午前10時に始まりました。
板を切り出す際に粉塵が舞い、摩擦による火花も散ります。
作業員2人が様々な工具を使い、慎重に、慎重に、定礎板を外します。
田村アナ
「あともう一息…あ、動きました、動きましたね、定礎板!ポコっと今、前面に動きました、定礎板。板が前に引き出される状態です、あともう一息…おおっ!!取り出されます、中には出てきました、箱が出てきましたね、昭和に埋められた箱からしてもびっくり!時は令和になりました。取り出されました。40年以上暗闇にあった箱に、今地上の光が当たります」
金属製のフタを開けると、中から出てきたのは、木製の箱。
旧・文化会館完成後に生まれた39歳の職員が箱を開けると、中には、乾燥剤とともに、紙の資料が、入っていました。
当時の秋田市の広報誌に続いて出てきたのは、現在も流通している、1円玉から100円玉までの硬貨がなぜか2枚ずつ、10枚です。
さらに、定礎板を設置した日の朝刊も出てきました。
タイムカプセルの中に入っていたのは、こうした資料など7点でした。
長くこの場所にあり続けることを願い設置された定礎板が外され、間もなく姿を消す旧・文化会館。
施設の建設から最後の節目までを見届けた元・秋田市職員たちは、文化・芸術施設が持つ役割への理解や、苦労して完成させた施設を大切に守り続けようという思いは、この先も長く残り続けてほしいと願っています。
ーこれから解体されていくんですけどお気持ちとして?
元市職員 前田秀樹さん(70)
「そりゃ寂しいです、まだ44歳で事を終えるっていうのはちょっと早いのかなと。でもいろいろな考えがあるから、前に進んでほしい。文化にしても、芸術にしても。お金と時間がかかるんだから」
星野勇さん(77)
「市役所は金かけないもの、建てっぱなしだもの。だから悪くなるの当たり前だ。少しずつ直していれば、どうってことない。ケチって何もやらない(笑)」
「タイムカプセル」から取り出された資料は、28日から来月13日まで、秋田市役所1階などで展示されます。
なお、旧文化会館の解体は、9月から、2026年5月まで行われます。
建物の解体に加え、隣にある駐車場も更地にする計画で、作業にかかる費用は、約9億2400万円です。
建物と駐車場を合わせた土地は、約5500平方メートルです。
空いた土地をどう使うか、現時点で決まっていませんが、秋田市の穂積市長は、新たなスタジアムを八橋地区で建設した場合の駐車場として活用できるのではないかとの考えを明らかにしています。