病気と貧困、イラク“生きるため”の闘い
前回に続き、諏訪中央病院・鎌田實名誉院長がイラクの現状を伝える。イラク北部・アルビルを中心に難民支援の活動を行っている鎌田氏は年末、アルビルの病院を訪問。その病院にはイラク軍と「イスラム国」との戦闘で傷ついた人々が続々と運び込まれていた。
■「民間人なのになぜこんな目に…」
アルビルにあるロジャワ病院。今、激しい戦闘が行われているモスルの負傷者を受け入れている病院だ。取材中にも、一台の救急車が入ってきた。運ばれてきたのは、イラク軍の兵士。「イスラム国」のスナイパーに喉を撃たれていた。
病院に運ばれてくるのは、兵士だけではない。取材した青年も、同じく「イスラム国」のスナイパーに撃たれ、この取材の前日に搬送されてきたという。
青年「私たちは民間人なのにどうしてこんな目に遭うのでしょう。ロケット弾とスナイパーにやられて、ケガ人がたくさん出ています」
罪のない、市民を傷つける「イスラム国」。いま、イラク軍は、アルビルから約80キロ西にあるモスルを「イスラム国」から、奪還するため、作戦を展開中。「イスラム国」はモスルが陥落すれば、イラクでの足場を失うとあって、必死に抵抗していて、一般の市民まで戦闘に巻き込んでいるのだ。
■容赦なくおそってくる砲弾
一度に、父親と兄弟を失ったという子供もいる。14歳のアフメドくんは、モスルで「イスラム国」の攻撃を受け、砲弾の破片が腹部を貫通し、重傷を負った。アフメドくんの母親(41)にその時の状況を聞いた。
「数発のロケット弾が私の家と隣の家に撃たれました。部屋に入ったら(子供たちは)血だらけの状態でした。スカーフと服に子供の血がついたままです」
モスルの中でも、この家族が住んでいた地区は、それほど危険はなく、安心していたという。
母親「町は1か月くらい前(「イスラム国」から)解放され、とても安全でしたが、きのう突然、砲撃を受けました」「ロケット弾の被害者は毎日増えています」
■十分な治療をうけられない
この病院には、「イスラム国」の攻撃による負傷者が次々と運ばれてくるが、手術室はたったひとつしかない。ロジャワ病院では、少しでも救急患者に十分な処置ができるようにと、鎌田氏が理事長を務める日本チェルノブイリ連帯基金が日本の外務省の支援をうけ、手術室を整備する予定となっている。
しかし、支援が必要な病院は、ロジャワ病院だけではない。この日、鎌田さんが訪れたのは、8年前から薬などの支援を続けているアルビルのナナカリ病院。モスルから来たという、白血病の子どもを持つ、両親に話を聞いた。
鎌田氏「(モスルでは)治療は十分ではなかった?」
父親「十分じゃなかったほとんど治療できなかった」
母親「薬はほとんど自分で買いました。特に子どもの薬は」
アルビルは比較的、治安が良く医療体制も整っている上、モスルからの避難民が増えたことで病院には患者が集中している。モスルでの様子を小児がんで入院している少年の母親が話してくれた。
「経済的にとても大変でした。水も買わないといけないし、電気も一切通っていませんでした。特に子どもたちにとっては、とても大変な生活でした」
「イスラム国」の支配地域の病院では、治療に必要な薬が手に入りにくいため、生活が苦しい中、高価な薬を自分たちで探し、子どもに与えていたという。小児がんと闘う11歳のアブデルモメンくんは―
「(Q:病気が治ったら何したい?)まだわからないけど…医者になりたい」
■命を守り続けるために
イラクでは、絶望の中、みんな生きるために闘っていた。イスラム国とも闘いながら、病気とも闘い、そして貧困とも闘っている。それでも病気が治ってくれればみんな、生きる活力になる。鎌田氏の取材中にも白血病の子どもが生死をさまよっている瞬間を目撃したという。小児がんと闘っている子どもの母親は「まず平和がほしい。そして子どもが治ってほしい」という切実な願いを鎌田氏に語ったという。
鎌田氏が今回、一番伝えたいことは「命を守り続ける」。いまイラクはとても大変な時が続いている。しかし平和がくるまで、子どもたちが生きていることが重要だ。生きられるように「薬を届けること」「医療施設を整えること」―そういう日本ができる応援を続けながら、イラクに平和がくることを願いたい。