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「プロジェクトは間違いだった」“債務のワナ”中国に港を譲渡したスリランカの街の思い

2022年10月22日 9:00
「プロジェクトは間違いだった」“債務のワナ”中国に港を譲渡したスリランカの街の思い
ハンバントタ港

中国の習近平国家主席が掲げてきた巨大経済圏構想“一帯一路”。その要衝とされるインド洋の島国スリランカは、融資を返済できず、港の運営権を中国に譲り渡す事態に陥った。いわゆる“債務のワナ”が現実となった街の人々の、いまの思いとは。
(NNNハンバントタ 平山晃一)

■“債務のワナ”の街……野生動物の楽園

スリランカ南部のハンバントタ。債務のワナで、港を中国に譲り渡したとして、一躍有名になった街だ。

最大都市コロンボから、車でおよそ3時間強かけて現地へと向かった。ハンバントタにつながる高速道路は立派だが、平日の日中にもかかわらず、ほとんど車は走っていない。時折、クジャクやサル、大きなトカゲが高速道路を横断するのを目にする始末だった。

ハンバントタは自然が豊かな港町だ。大きな道路沿いにはゾウが進入してこないよう電気柵が設置されている。ゾウが出るから、夜は出歩かないようにしていると話す住民もいた。

■“世界一ガラガラ”なのに24時間営業の空港

まず訪れたのは「マッタラ・ラジャパクサ国際空港」。中国の支援で建設された国際空港で、担当者によると、コロンボの国際空港を補完する役割があり、24時間、緊急着陸などに対応しているのだという。

ロビーには、空港を見物に来たというスリランカ人のグループがいた。土日にはよく地元の人や観光客が見物に来るのだという。こうした観光客向けなのか、ロビーの売店も営業していた。ただ、受付の女性スタッフ2人は時間をもてあましているようだった。

実はこちらの空港、現在は定期便はなく、“世界一ガラガラな空港”と言われている。地元メディアによると、毎月1億スリランカ・ルピー(=約4000万円)の赤字を垂れ流しているという。コロンボの国際空港の利益を回すことで、何とか維持している状態だ。

■ハンバントタ港の主張は

空港から車で30分ほど走ると、ハンバントタ港が見えてくる。中国からの融資で開発が進んだが、2017年に運営権が中国企業へ譲渡された。いわゆる債務のワナに陥った場所そのものだ。ただ、港や運営会社のビルなどを訪ねても、いわゆる中国っぽさは感じられなかった。

港には、マレーシアの船が2隻停泊していて、ちょうど南アフリカへ向かう貨物船が出港したところだった。周辺の開発はいまも続いていて、ヨットハーバーを作るための工事が行われていた。

港の運営会社のスリランカ人幹部が、現状について説明してくれた。運営権が中国側に渡る前、港に寄港する船は月に20隻以下だったが、いまでは50隻近くの船が来るようになったという。日本の海運会社の利用も多いと話す。港で中古車を受け入れて修理し、アフリカなどに輸出するビジネスを新たに展開したいと日本企業に相談しているのだという。

一方、ハンバントタ港をめぐっては、今年8月、中国海軍の調査船が入港して中国による将来的な軍事利用への懸念が広がった。この点について聞くと「全ての船は、スリランカ政府の承認なしにこの港に入ることも出ることもできない。スリランカ政府がこの船は大丈夫だと言えば、私たちは入港させる」と話し、スリランカ政府が判断することだとした。

■子どもの文房具のために食事を減らす家庭も

ハンバントタには、のどかな街には似つかわしくない箱物が他にも作られている。3万5000席あるクリケット場や、コンベンションセンターもある。しかし、ほとんど使われておらず、街の発展にはつながらないまま。いまだ多くの人が農業や漁業で生計を立てており、住民の生活は貧しいままだ。

クリケット場があるソーリヤウェワ村を訪ねた。ここは、ハンバントタの中でも特に貧しい地域と言われている。先月、医師のグループが調査したところ、実に8割の子どもが栄養失調の状態だったという。

スリランカでは去年、農業をめぐり大きな混乱があった。外貨不足を背景に、政府が化学肥料の輸入を一時ストップ。有機農業への転換をうたったが、農家の収穫量が落ち、政策は撤回を余儀なくされた。もともと販売先も限られ、収入が少なかった村の農家の生活は、収穫量の減少もあって一気に苦しくなったという。

住民の家を訪ねると、台所にはまきが積まれていた。以前はガスを使っていたが、いまは高くて買えないのだという。まきに火をつけて料理をするのは時間がかかってしまい、朝6時半に学校に行く娘の朝食を準備するため、母親は朝4時に起きていると話していた。

夫はかつて空港の建設工事に参加したものの、完成後は大きな仕事もなく、農業で得られる収入もわずか。経済危機で物価が上昇する中、生活はより厳しくなっているという。

「昔は、週に2~3回は肉を食べられたが、いまは週に1回か2週間に1回、食べられるかどうか」

母親は、子どもたちに十分な食事をあげられないと話していた。物価上昇により、子どもが使うペンが5倍に値上がりしたといい、文房具を買うために食事の量を減らすこともあるのだという。

「港や空港ができても、生活は変わらない」こう話していた。

■「プロジェクトは間違い」市長は不満をあらわに

街を率いるリーダーは、いまの状況をどう考えているのか。地元で30年以上、政治家を続けているというハンバントタ市長に話を聞いた。2004年に津波で大きな被害を受けた街にとって、港や空港の建設は街の復興や発展につながるチャンスだと期待を寄せていたという。市長自身も港のすぐ隣に住んでいて、付近の住民は皆、仕事が増えると喜んでいたと話す。

ハンバントタは、兄弟で大統領となりスリランカを20年近く支配してきたラジャパクサ一族の地元だ。さまざまなインフラ整備は採算を度外視していて、地元への露骨な利益誘導の側面が大きい。結果的に、ほとんど活用されず、住民の雇用にはつながらなかった。港にわずかに雇われている住民も、1日2500スリランカ・ルピー(=約1000円)という安い給料しかもらっていないという。

市長は、こう不満をあらわにした。

「港は税金も払っていない。街との付き合いは週に2回、私たちがゴミを回収しに行くだけだ。それもリサイクルができない無駄なゴミだけ押しつけられるのがひどい」

「港や空港などのプロジェクトは間違いだった。この地域にはふさわしくない。港が利益を上げても、それは中国のものになってしまい、住民のためにはならない」