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「渡航中止勧告」のモスクワは本当に“危険”な地域…? まばゆい電飾、安い物価――モスクワの「へ~」

2023年12月30日 9:00
「渡航中止勧告」のモスクワは本当に“危険”な地域…? まばゆい電飾、安い物価――モスクワの「へ~」
モスクワ・クレムリンに近いルビャンカ広場の電飾

日本の外務省がモスクワを「渡航レベル3:渡航中止勧告」とし、ロシアが「非友好国」に指定するなど、険悪なムードが漂う日本とロシア。両国の関係は今後どうなってゆくのだろうか? モスクワは本当に“危険”なのか? ロシア人は日本をどう見ているのか? 日々のニュースでは紹介しきれなかった「モスクワ」の一端を、駐在記者の視点から点描してみたい。
(NNNモスクワ支局 東郷達郎)

■電飾オブジェが彩るモスクワの年末年始

年末のモスクワは、まばゆいばかりの電飾のオブジェに彩られる。新年の祝いと1月7日のロシア正教のクリスマスのための飾り付けだ。北緯55度の街(ちなみに札幌は北緯43度)は、この時期、日の出が午前9時頃、日の入りが午後4時頃で、日の当たる時間が短い。沈みがちな気持ちを奮い立たせるためには、明るい光が必要なのだろう。

モスクワ市の発表によると、街には4900以上の電飾オブジェと1000本以上のクリスマスツリーが飾り付けられているのだという。日本から見れば、とても「戦争当事国」とは思えない光景かもしれない。でも、これが、日本の外務省が「渡航レベル3:渡航中止勧告」としているモスクワの「今」だ。

■ちょっと、どうなの?…アメリカ大使館前の電飾

2023年末、在露アメリカ大使館の前には新たなオブジェが設置された。「Z」「V」「O」が照明で輝いている。「Z」は「勝利のために」、「V」は「力は正義にあり」、「O」は「勇敢な(形容詞)」。紛れもなくロシアで「特別軍事作戦」と呼ぶウクライナへの軍事侵攻のオブジェだ。こうしたメッセージを掲げるとは、敵対するアメリカへの嫌がらせとしか思えない。なぜ、“大国”を自認するロシアが、こんなことをするのか…ナゾだ。

プーチン大統領は2023年12月14日の「国民対話・大規模記者会見」の席で、こんなことを言った。「アメリカは世界にとって、重要かつ必要な国であると考えている。関係を構築する準備はある」

電飾オブジェで“嫌がらせ”をしながらの“ラブコール”。構ってもらいたい思いが透けて見える。ちなみに、こうした“嫌がらせ”は、同じ西側であるはずの在ロシア日本大使館の前にはない。

■西側制裁でモスクワは物価が「下がった」…?

話をモスクワの生活に戻そう。23年11月末、ロシアの経済紙「コメルサント」が、こんな記事を掲載した。

「国際的な制裁措置の結果、ルーブル(ロシアの通貨)が大幅に下落したモスクワとサンクトペテルブルクでは、生活費の格付け評価が最も低下した」

つまり、モスクワとサンクトペテルブルクの物価は、世界的に見ても相対的に高くない…というのである。

調査はイギリスの「EIU(=エコノミスト・インテリジェンス・ユニット)」が行った。それによると、モスクワは22年は世界37位だったのが、23年は142位に下がった。ロシア第2の都市・サンクトペテルブルクは73位から147位になり、いずれも世界的に見て物価は高くないらしい。

EIUの分析では「両都市の物価は、それぞれ5.9%、6.6%上昇したが、ルーブルが約60%下落したことで相殺された結果」なのだという。

ただ、外国為替と関係のない生活をしている一般のロシア人にとっては、ルーブルの下落は影響がない。国内では、この1年の物価指数の上昇率は約6.6%(ロシア統計局)であって、生活者はジワジワと物価の上昇を感じている。

23年12月14日に行われたプーチン大統領との「国民対話」では、年金生活の女性が「卵が高すぎる」とクレームをつけ、プーチン大統領も「謝罪します」と述べて、価格の上昇を認める場面もあった。

参考までに、NNNモスクワ支局周辺の価格を紹介する。

●理容(45分カットのみ):2000ルーブル(約3000円)
●地下鉄(1回):65ルーブル(約102円)
●飲料水1リットルボトル:55ルーブル(約86円)
●卵1個:12ルーブル(約19円)
●レタス1玉:130ルーブル(約204円)
●国産ビール500ミリリットル:65ルーブル(約102円)
●ハンバーガー(旧マクドナルド)1個:62ルーブル(約97円)
●和食店ラーメン:640ルーブル(約1005円)

参考だが、EIU調査で「世界で最も物価が高い都市」とされたのはシンガポールとチューリヒ。一番安いのはシリアのダマスカスだった。東京は22年の37位から60位へのランクダウンで、相対的に安くなったとされている。

■ロシア在住の日本人は半減…ロシアの人たちは?

そんなロシアに日本人は現在、何人いるのだろうか? 外務省が毎年10月に公表しているデータによると、23年に在留登録している日本人は1003人だそうである。ウクライナ侵攻開始前の21年10月は2202人で、半減した形だ。侵攻開始前後に企業の撤退、または事業規模の縮小があり、それに伴う家族の帰国が主な要因のようだ。

ただ現時点で、首都モスクワで身の危険を感じることはない。政治レベルでは、非友好国「日本」への制限や規制は増えているが、市民レベルで「日本人」であることを理由に差別されるようなことは、記者の周りでは起きていない。

感覚として、G7(=主要7か国)の中で、プーチン大統領や外務省が「日本」について触れることは多いように思う。もちろん、現在は批判的な内容がほとんどだが、あえて“チョッカイ”を出しているようにも感じられる。

プーチン大統領は1年前、日本との関係について尋ねられると「日本との関係は柔道だけだ」と述べた。また、2023年12月14日の「国民対話・大規模記者会見」では、聞かれてもいないのに石油ガスの輸出に関する話題の中で「ちなみに日本は購入している」と、わざわざ日本企業が出資している石油・ガス開発事業「サハリン2」に触れた。

余談だが、ロシアが2023年8月に導入した「電子ビザ(査証)」発給の対象55か国には、日本が入っている。16日間以内の観光であれば、インターネット上でビザが簡単に取得できる制度だ。この中にドイツ、フランス、イタリアの名前はあるが、アメリカ、イギリスとカナダは入っていない。

■「HAYAO MIYAZAKI」の電光掲示が出た

2023年12月7日、ロシア語で「HAYAO MIYAZAKI」の名前がモスクワの映画館の広告塔に掲出された。日本で7月に公開された宮崎駿監督の最新作『君たちはどう生きるか』の公開初日だった。ロシア語タイトルは「少年と鳥」。ロシア語吹き替え版が市内各所の映画館で上映され、複数のメディアが紹介記事を掲載した。

想像できないかもしれないが、ロシアで非友好国「日本」の文化は、とても人気がある。和太鼓の響きに魅せられて太鼓を輸入してストーリー仕立ての公演をする「TAIKO INSPIRATION(タイコ インスピレーション)」、広島原爆を題材に「紙芝居」を披露する俳優、日本でギョーザ作りを学んでギョーザ製造機を輸入して「Gyoza Bar(ギョーザバー)」を開いた料理人…。記者が出会った人たちだけで、これだけの日本文化愛好家がいる。

そして、関係悪化の中にあっても「日本語を学びたい」と言ってくれる若者は多く、そのレベルは高い。

ロシア国立研究大学高等経済学院の日本語学習グループは、月に2回「日本語会話クラブ」を開いていて、記者も参加してみた。彼らの日本語レベルは日本語能力試験で「N1」「N2」の上級レベルだった。大学入学から、わずか4年間の学習期間である。聞けば「源氏物語や枕草子を読むのが好きだ」という。日本で大使館に勤めたいという学生もいた。

そんなロシアと日本。「君たちはどう生きるか」。私たちは考えなければならない。