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「大好きなお父ちゃんのために葬儀を…」借金抱え経済的に困窮、それでも願った父との最後の時間

2023年12月28日 17:30
「大好きなお父ちゃんのために葬儀を…」借金抱え経済的に困窮、それでも願った父との最後の時間

漁師として家計を支えた自慢の父は、家を出た母が抱えた多額の借金を背負わされ、その後認知症を発症した。子どものころから父が大好きだったという娘は、借金返済のために身を粉にして働き、介護の末に父を看取った。経済的に余裕はなかったが、父のために娘が望んだのは“葬儀”だった。家族のために働いてくれた父をきちんと送り出したい。しかし、葬儀には一般的に数百万円もの費用がかかる。そこに手を差し伸べたのは夫婦2人だけで営む小さな葬儀店。格安で執り行われた葬儀だったが、逝く人と残る人の思いが交わる温かな空気に包まれていた。

荒れ果てた実家 抱えた多額の借金

福島県いわき市に住む山村美佐さん(51)は2022年10月、父・林平さんを看取った。父は遠洋漁業の漁師で、妻とともに美佐さんと3人の兄妹を育て上げた。美佐さんが子どものころ、父が港近くの一戸建ての自宅に帰ってくるのは年に数回だったが、帰ってきた時は決まってレストランに連れて行ってくれた。美佐さんが大好きなお子さまランチを食べる様子をニコニコしながら眺めていたという。「お前らのことかわいいから食っちまいたい」とよく笑い、真っすぐな性格で、美佐さんは父のことが大好きだった。

「頼りがいがあって心が広くて、本当にいいお父ちゃんだった。」。

しかし、16年前。兄妹たちも実家を離れ、美佐さんが両親と暮らそうと実家に戻った時だった。みんなで暮らしていた家は荒れ果て、台所の机には物が積み上がり、部屋には捨てずに残されたゴミ袋の山。そして、膨大な借金と多額の家のローンが残っていた。一体、実家を離れていた間に何があったのか。美佐さんの母は、とてもお人好しな性格で、保険や化粧品の訪問販売などを断り切れず、日に日に借金が膨れ上がっていった。その額は、約1700万円。家計はすべて母が管理していた。

「お父ちゃん、全部お母さんに丸投げしていたので、自分がこれだけ背負っているって分からなかった。ただただ働いていたから。」。

借金が明るみになり、責任を感じた母は家を出ていったという。

借金返済へ 慣れない家事も手伝ってくれた父

工場に勤務していた美佐さんは、収入の一部を借金の返済に充てることになる。父は大好きな酒もたばこもやめて、年金はすべて返済に回した。美佐さんが洗い物をしようとすると、「俺がやっからいい」と、慣れない家事も手伝ってくれたという。そんな生前の父の姿を思い起こすと、美佐さんの目に涙が滲む。

「私の子どもが小学校、中学校の間も、ご飯の用意や掃除、洗濯、全部やってくれたの…。息子のためにお弁当を作ってくれて、見たらソーセージが12本と白米で。お父ちゃんらしくて笑っちゃった。」。

「じいちゃん!じいちゃん!」と孫たちからは慕われ、借金苦という過酷な状況の中でも、家族みんなで身を寄せ合った。美佐さんはささやかな幸せを感じていた。

【父の異変…認知症を発症し寝たきりに】息子が県外の大学に進学し、ようやく借金を返し終わろうとしていたころ、美佐さんがいつものように仕事から帰ると、父の様子がおかしかった。

「洗濯物が外に散らばって、カーテンが開いてて。おかしいなと思ったら、お父ちゃんがソファに座って、ろれつが回らなくて…。」。

当時79歳、脳梗塞だった。幸い一命は取り留めたものの、その後すぐに認知症を発症。そして、次第に運動機能が低下し、寝たきりの状態になった。借金がまだ残っていて、生活にも余裕がなかったため、老人ホームには入れられなかったという。美佐さんは仕事をしながら、介護にあたった。父は次第に話すことも困難になり、2人の会話は少なくなっていった。ある日、息子が久しぶりに実家に戻ってくると、父は顔をしわくちゃにして喜んだという。右手で孫の手を握り、時折左手で目頭を押さえながら、孫に必死に語り掛けていたという。

息子「じいちゃん!ただいま!」。父親「早いな…」。息子「帰ってくるの早い?わかる?」。父親「わかる…わかる…」。美佐さん「すごいね!(普段は)こんなにしゃべらないよ!」。

その一カ月後、美佐さんが父の服を洗濯し終えて、ベッドにいる父の顔をのぞくと、息をしていなかった。2022年10月19日、静かに息を引き取った。

父のために葬儀を 一番に頭をよぎったお金の心配

借金の返済、介護…。苦労はたくさんあったが、漁師として家族のために、身を粉にして働いてくれた父。美佐さんは、せめて葬儀をして送ってあげたいと思った。けれど、一番にお金の心配が頭をよぎった。

「お葬式ってお金すごくかかるじゃないですか。そういうお葬式は出せないなと思っていた…。」。

借金がまだ残っている美佐さんにとって、親戚を呼び多くの人で送るような一般的な葬儀は、数百万円もの費用がかかるため実施することができない。また、お金の苦労を分かっているため、参列者にお金を包んでもらうのもためらってしまう。

思い悩んでいたとき、かつての同僚が安い費用で葬儀を引き受けているという話を聞いた。美佐さんは少し緊張しながら電話をかけると、向こうから明るい声がした。葬儀にお金を出せないと正直に伝えると、「大丈夫ですよ」と言われ、安心し頼んでみようと思った。

寄り添ってくれた葬儀店

美佐さんが電話をしたのは福島県いわき市の「いしはら葬斎」。孤立死といった身寄りのない人たちや、経済的に困窮している人たちのために、格安で葬儀を引き受けていた。

「私の気持ちが沈まないように、いしはら葬斎は優しく、丁寧に接してくれた。それが本当に救われた。」。

火葬のみのシンプルな葬儀だが、費用は13万3000円だった。火葬当日、父を棺に納め、火葬場へ向かった。一般的な葬儀とは違い、参列者はわずか4人。ただ、しんみりすることはなく、和やかな雰囲気に包まれていた。酒やたばこをやめた時のこと、家事を黙々と手伝ってくれたこと、孫たちとたくさん遊んでくれたこと、そして、家族みんなで行ったレストランでお子さまランチを食べさせてくれたこと…。美佐さんは、生前の父のことをじっくりと思い返すことができたという。仕事と介護の日々は辛かったけれど、父と過ごせた最後の時間でもあった。

大切な父を想っている人だけで送る

「振り返ってみると貴重な時間。悔いはないんです。」。

美佐さんは、火葬する炉の前で、最後に父に「ありがとう」と伝えることができた。

「送り出すのは、本当にお父ちゃんを想っている人だけでいいなと思ったんですよ。よかった。温かくてすごくいいお葬式だった。あれほどいいお葬式、今まで見てきたなかで初めてです。」。

美佐さんの事情を知り、葬儀を執り行ったいしはら葬斎の石原充さんは、美佐さんが不意に漏らした一言を鮮明に覚えているという。

「もう精一杯介護してやれることをやったから、亡くなった時、(美佐さんが)ひとこと言ったのね。あ~安心したって。涙ながらに言っていた。」。

2010年に創業したいしはら葬斎はこれまで1000件以上の葬儀を執り行ってきた。美佐さんのように経済的に困窮し葬儀にお金をかけられない人や、身寄りがなく葬儀の費用が出せない人などからの依頼は年々増えているという。

父は幸せだったのか…。娘として父を支えることができたのか…。美佐さんの心の中には整理できない思いがあった。ただ、父の最期に、傍に居ることができた。そして、葬儀を執り行い、送り出すことができた。「ありがとう」と伝えられたことで、心のわだかまりは解けたような気持ちになったという。

「世の中お金持ちの人ばっかりじゃないから、うちみたいなお葬式を出したいという人も中にはいると思うから」

美佐さんと父が過ごした家の祭壇には、にっこりと笑う父の遺影が飾られている。

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