“妊娠の可能性広げる選択肢”「卵子凍結」ってどんなもの? 専門医に聞く 東京都が助成スタート
東京都は、加齢による妊娠機能の低下への不安などを理由とした「卵子凍結」の費用を助成する取り組みを始めました。助成額は最大30万円で、希望者の受付が10月から始まっています。卵子凍結とはどういうものなのでしょうか。不妊治療を経て第2子を出産した鈴江奈々アナウンサーが、不妊治療の専門医に聞きました。
■“老化”する卵子 減少する卵子
――卵子凍結とはどういうものなのでしょうか。
(岡田有香医師=産婦人科学会専門医/グレイス杉山クリニックSHIBUYA院長)
卵子凍結とは、若いうちに「体外受精の前倒し」として、卵子を採取し、凍結保存しておくこと。卵子は凍結保存することで、理論上は半永久的に加齢を止められるので、若い卵子を将来の自身へと贈る“タイムカプセル”ともいえます。若いときに卵子を残しておくことが、将来の妊娠の可能性を広げる選択肢の一つとなります。
――なぜ卵子凍結が、将来の妊娠の可能性を広げることになるのでしょうか。
卵子は年齢とともに“老化”していきます。加齢は卵子の妊娠能力に直結します。自己卵子と提供卵子による出産率のグラフをみてみるとわかりますが、ご自身の卵子ですと、年齢とともに出産率が低下していきますが、平均28歳の若い卵子の提供を受けて体外受精した場合の出産率をみてみると、ほぼ横ばいであることがわかります。
つまり、子宮の年齢より卵子の年齢が出産率に大きくかかわっていることがわかります。もちろん不妊の原因は男性にもありますし、卵子だけではないのですが、卵子の年齢が大きく影響します。
そして、卵子は減り続けます。体の中の卵子は生まれる前にしか作られません。生まれる前の卵子の数は約700万個。思春期で20万~30万個あり、そこから生理がスタートしてさらに減っていきます。
生理中、1個か2個の卵子が飛び出すイメージがあるかもしれませんが、毎月平均で400~500個、減ります。周期や減る量は個人差があるので、まずは、ご自身の卵子の数を知っておくことが必要になります。それを知る方法が「AMH検査」です。残された卵子の数の目安がわかるもので、採血検査で数値がでてきます。
――私も婦人科でこの検査を初めて知り、この数値が実年齢より低かったことが、不妊治療のきっかけにもなりました。今の身体の状態を知るために、この検査を気軽に受けられるものですか?
はい。不妊治療をスタートするときにAMH検査を受ける場合は保険適用となります。それは不妊治療をどれくらいのペースで進めるのか知る上で重要で、体外受精に向けて採卵する際、どれくらいの卵子が取り出せるか知ることができる目安にもなるからです。
そうではなく、純粋に今のご自身の状態を知りたいという場合は自費で受けることができます。ただAMH検査はどこの婦人科でもできるわけではないので、事前に確認した方がいいですね。
卵子の数は実年齢には比例せず、減少の仕方は個人差が大きく自覚症状もないので、気になる人は検査してみてください。もし、AMH検査が低かったけれど今、パートナーがいない場合、今ある在庫をとっておく卵子凍結という選択肢もありますし、逆に高かったら、自然妊娠できる年齢での婚活にはいろうかな、などと、色々なライフプランの選択肢がありますよね。
「気づいたときには遅かった」をなくし、少しでも主体的に人生設計をしていただければと思います。
――卵子凍結の安全性はどうなのでしょうか?
凍結した卵子の融解後の生存率は80%~90%。15年ほど前は50%ほどでしたので、技術は大きく向上しています。また、「凍結した卵子」と「凍結していない卵子」では、受精率や妊娠率に差はみられない、そしてこの治療による新生児リスクの増加の証拠はないと2013年の米国生殖医療学会の共同ガイドラインが示しています。ただ、卵子を凍結したから100%の将来の妊娠を保障するものではありません。
凍結卵子が9割生存していても、受精するか、着床するかなど、妊娠や出産までにはいくつものハードルがあります。メリット・デメリットをしっかりと理解した上で判断することが大切です。
――なぜ今、こうした卵子凍結のニーズが高まってきているのでしょうか。
なぜ、そこまでするのか。不妊治療による離職や離婚があり、なかなか両立が難しいという声が聞かれます。何回も不妊治療をすることによる「時間的な負担」、「精神的な負担」、「費用的な負担」これを減らす目的で、卵子凍結という選択肢が出てきました。
40代で1回の「採卵」では採れる卵子の数はだいたい5個くらいですが、30歳くらいで「採卵」すると1回で15個くらい。つまり40代での3回の「採卵」が、30歳なら1回で採卵できる計算になります。
■世界一の不妊治療大国
――卵子凍結は「体外受精の前倒し」ということでしたが、不妊治療ではどんな課題があるのでしょうか?
日本は“世界一の不妊治療大国”ということをご存じでしょうか。昨年、年間出生数が80万人を切りましたが、「体外受精」という不妊治療の最終段階の件数が、年間約46万件と世界一の件数となっています。
世界2位のアメリカは約33万件なので、日本は1.5倍近くの件数。20~30代の女性の人口換算でみると、アメリカの約6倍になります。ただ、アメリカと比べて体外受精を経て生まれる人数が少ないんです。アメリカでは、年間33万件の体外受精の件数に対して、約8.4万人のこどもが誕生しています。一方の46万件の日本は、誕生したこどもが約6万人と、成功率がおよそ半分なんです。
――なぜ日本では出産に至る確率が低いのでしょうか?
日本の不妊治療の成績が悪いのは技術が悪いからかというと、そうでもないんです。日本の技術はかなり高いと言われているのに不妊治療の成績がなかなか上がらない。その原因の一つが「不妊治療を行う年齢」や「卵子の年齢」と言われています。不妊治療の開始年齢について、日本の平均年齢は約40歳なのに対して、アメリカは約34歳。またアメリカでは35歳を超えて体外受精を行う場合、若い卵子のドナーを受けて実施することも選択肢になっています。
日本では性教育が遅れているがゆえに、どのタイミングで不妊治療に入るのかわからない、妊活の開始年齢が遅くなってしまうということがあり、それによりクリニックに来るのが遅れてしまっていることが原因としてあると思います。
――遅くスタートした上にそこで初めて知ることが多く、「もっと早く教えてほしかった!」と思うことが私自身もありました。約40歳で不妊治療スタートという点でもデータと一致しています。
性教育の遅れに加えて、不妊治療や凍結卵子を公表せずに高齢出産する著名人も多く、「現代ではアラフォーでも普通に妊娠・出産できる」と誤解されている点もあると感じます。若いうちは状態や選択肢を知らず、比較的高齢になって不妊が顕在化してから初めてクリニックに行き、何回も治療するというケースが多くみられます。
日本は性教育の後進国です。性教育の開始年齢は、世界的には5歳くらいから、プライベートゾーンや同意、ジェンダーからスタートしています。日本は早くて10歳から。内容についても、避妊に関することがメインで、性交渉についてふれられず、受精以降しか伝えていません。同意やジェンダーについてもこれまでは伝えられていなかったので、大人になって初めて知る人も多いと思います。
■増える“生理の悩み”
――性への知識が乏しいことが「世界一の不妊治療大国」にも繋がっているのですね。
不妊治療だけでなく、「生理」についても理解が乏しい点は大きな課題です。月経関連疾患による労働損失は4911億円、1年間の社会的負担は6828億円とも言われています。
主に月経痛などにより労働の能率が落ちることが要因と見られます。ちなみに、現代女性の生涯の生理の回数はどれくらいだと思いますか? 平均で450回くらい。昭和の初期は、50~100回ほどでしたので、約9倍に増えています。
その理由として、生理の始まる年齢が昔と比べて4年ほど早くなってきていること、妊娠・出産の回数が減っていることがあります。1回の妊娠・出産により、生理がとまるのが2~3年といわれているので、出産回数の少ない現代女性は生理の回数が自ずと増えているんです。
そのことにより、卵巣や子宮に問題を抱えやすいと言われています。一方で、定期的にレディースクリニック(婦人科)で検診しているか、という質問に対して、7割の人が「検診していない」と答えています。
――婦人科は、妊娠したらいくところ、健康に問題があったらいくところ、というイメージがありますが…
そういう人が多いと思いますが、妊娠したら行く場所ではなく、結婚、妊娠する前にチェックしておくべきこともあります。また内診しなくてもわかることも沢山あります。
欧米では、かかりつけの産婦人科があるのは当たり前になっていて、アメリカの産婦人科学会では13~15歳でかかりつけの産婦人科を持つように言われています。つまり、生理がきたら婦人科のかかりつけをもつということですね。
■“生理不順”や“生理痛” 不妊や病気のリスクも
――なぜ、かかりつけ医が大事なのでしょうか?
定期的に通うことで、気軽に生理の相談ができるようになり、正しい知識も身につけられます。生理は個人差が大きく、病的なレベルなのか自己判断は難しいので、定期的にチェックすることが大切です。
生理に関する病気は、主に3つ。「月経不順」、「月経困難症」は400万人、「月経前症候群(PMS)」は600万人とみられています。「月経不順」は生理周期の乱れのことですが、通常の月経期間は25~38日で、これよりも短い、または長い場合は何かしらの問題を抱えていると見られます。
将来的な妊活だけでなく、健康にもかかわってきます。卵巣の機能が早めに落ちる人だと、骨粗しょう症、動脈硬化が早くでてきますし、排卵しにくい人ですと、糖尿病が5倍に増えるとも言われています。妊活しない人でも健康にかかわる問題なので、2、3周期以上生理周期が違う場合は必ず受診してください。
「生理痛ってあるのが普通」と思っている人は多いと思いますが、ないのが普通です。痛み止めを生理中に毎月飲んでいる人は、「月経困難症」にあてはまります。その場合、背景に疾患がないか必ず診てもらった方がいいです。疾患の中で一番多いのが「子宮内膜症」。3人に1人いると言われています。
子宮内膜症の人で、さらに不妊症になる人は30~50%。なので、生理痛は我慢すればいいものではなく、将来の不妊にもかかわっていることを知って頂きたいです。
――婦人科にかかれば内膜症は治せるものですか?
基本的に内膜症に関しては、今ある段階から完全に良くすることは難しく、そこから悪くしないようにするのが通常の治療です。悪くしないために、低用量ピルを服用して今の状態をキープさせる。悪くなると、卵巣がんの発症にもかかわってくるので、放置しないようにすることが大事です。
――月経前症候群・PMSとは、どういうものなのでしょうか?
生理がはじまる3~10日前から始まる様々な心身の不快症状のこと。その症状は様々で、下腹部痛、乳房痛、頭痛、手足のむくみなどの身体の症状だけでなく、イライラ、抑うつ、不安、興奮しやすいなど精神面の症状もあります。現代人の女性でPMSがある人は多いのですが、6割が何もしていないというデータもあります。
――PMSに対して何かできることはありますか?
生活習慣を見直すことや、お薬で症状を緩和することもできます。また程度が悪くならないうちに改善していった方が治りやすいと言われています。ですから、ひどくなってから婦人科へ行くのではなく、「もしかしてそうかも」という時点で治療をスタートさせてもらえたらと思います。
■欲しい子供の数と年齢の関係
――生理の悩みが不妊や病気に繋がるリスクがあることがわかりました。だからこそ、かかりつけの産婦人科が大切なんですね。
今、日本では約6割の人が「将来、子どもは2人欲しい」と答えていますが、もし、2人子どもが欲しい場合、27歳までに妊活を始めると達成確率は90%と言われています。第1子の平均出産年齢は30.7歳ですので、すでにお子さん2人を自然妊娠で90%授かれるゾーンは過ぎています。4人に3人は自然で授かれるけれど、4人に1人は不妊治療に進む、というゾーンに入っています。
実際2020年のデータでも“2人目不妊”で、4組に1組が2人目を不妊治療で授かっているので、この図のデータとも一致しています。30年前は1人目の出産年齢は26歳でしたので、自然に2人授かることはあたりまえでしたが、今は、こどもを望んでもなかなか授からないカップルが増えてきていると言えます。
――改めて、東京都の卵子凍結への助成をきっかけに、どんな理解が広まってほしいですか?
SRHR=セクシャル・リプロダクティブ・ヘルス・ライツ(性と生殖に関する健康と権利)という言葉がありますが、今、その重要性が世界的にも認識されています。WHOの定義では、全てのカップルと個人が、出産する子供の人数、間隔、時期など自由に責任をもって決断することができる権利、そのための情報と手段を持つ権利、できうるだけ最高水準の性と生殖の健康を手に入れる権利としています。
具体的には、リプロダクティブヘルスに含まれる意味ですが、「こどもを産む・産まないは自分で決めること」、「興味がないことも普通のこと」。性教育の遅れから避妊について男性主体であること、性同意を知らない人もいることが課題としてあります。
自分で決めるためには情報が必要で、避妊の方法や不妊治療、妊娠、出産、中絶について十分な情報を得られ、自分で決められるようになることが大切です。