歴史に幕 愛された「駅弁」「駅そば」が…
つゆの香り漂う「駅そば」と、風情あふれる「駅弁」は電車の旅にかかせない楽しみのひとつ。昭和、平成、令和と長年愛されてきた駅の名物たちが今、その歴史に幕をおろそうとしている。
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木曽川沿いにあるひとつの駅。ここに昭和、平成、令和の三つの時代で、かわらぬままの懐かしい風景がある。
首からハコを下げ、ホームを歩き回る男性、酒向茂さん(75)。この駅で60年もの長きにわたって駅弁を販売し続けてきた。
ひとつひとつをお客さんに手渡しすることにこだわり続け、いつしか多くの人に愛されるようになった駅弁は、マツタケをふんだんに使用したぜいたくな釜飯。
しかし、新たな時代を迎えた今年、「廃業」を決めた。
駅弁の立ち売りをする酒向茂さん「ここは廃業です。やっぱりお客さんも少なくなったね」
60年休むことなく続けてきた駅での立ち売りを、5月末をもってやめることを決めた。
その理由として、列車の停車時間が短縮したことや、コンビニ弁当などにおされ、年々販売個数が減少していること、さらに、高齢となり、体力的な問題もあったと話す。
「年。年でもう休みがないので(体が)つらくなっちゃった。よう働いたでね、まあいいやろ」
60年の歴史に幕をおろす日まで、残り半月あまりとなった14日。
別れを惜しむファン「自分の父親がここで買って食べさせてくれた。なくなっちゃうのはさびしいですね」
駅弁の立ち売りをする酒向茂さん「長い間ご苦労さんですとか、みんな言ってくれるんです。ありがたいね」
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時代の流れとともに消えゆく名物駅弁がある一方で、漂うつゆの香りについつい足がとまる、あの“駅そば”にも時代の流れが押し寄せている。
北海道留萌駅の待合所の一角にある立ち食いそば店。
一番人気は、ごぼうのかき揚げがのった「ごぼう天そば」。さらに、甘辛い味付けのニシンをのせた「にしんそば」は、ニシン漁で栄えたここ留萌ならではの一杯だ。
留萌駅を利用する乗客に長年愛されてきた味だが、実はJR北海道が赤字の留萌線をバスに転換する方針を明らかにし、これまで通り店を続けられるか危機感を抱いているという。
立喰そば・川口恭子さん「汽車もいつまでかなという感じもありますよね。バスが止まって、なんかこういうお店に入ったり休んだりとか、そういう感じになれば(店を)続けられるのかもしれませんけど」
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そんな中、ファンの声におされ、復活を遂げた立ち食いそば店がある。
北海道の小さな駅、音威子府駅にある「常盤軒」。その特徴は実ごとひいた黒いそば。昆布と煮干しのだしがそばの風味を引き立てる。色が黒くコシの強いそばは、音威子府村の名物として愛されてきた。
店を切り盛りするのは、西野守さん(83)と妻の寿美子さん(78)。
1933年創業の「常盤軒」は、天北線が廃止された1989年にホームから駅の構内に店を移し、音威子府駅の「そば」を守り続けてきたが、去年、妻の寿美子さんがけがをしたため、休業を余儀なくされた。
そんな時、多くのお客さんから励ましの声が届いた。
中頓別からの客「再開してくれるのかどうなのか。みなさん心配していたんじゃないですか」
札幌からの客「黒いそばを食べてみたかったので。うれしいです、おいしいです」
その声におされ、4月に8か月ぶりに営業を再開した。
常盤軒・西野守さん「(客が来て)ありがたいですよ。体が続く限りやりたいよ。いやいや、年だな」
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鉄道のあり方が時代とともにうつりゆく中、長年愛されてきた駅の名物も今、それぞれの分岐点に立っている。