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【解説】拉致被害者家族会 踏み込んだ“制裁解除”苦渋の判断のワケ 岸田首相に「必ず動かして」切実な訴え

2024年3月7日 13:51
【解説】拉致被害者家族会 踏み込んだ“制裁解除”苦渋の判断のワケ 岸田首相に「必ず動かして」切実な訴え
3月4日 岸田首相に新方針を手渡す家族ら

北朝鮮による拉致被害者の家族会と支援団体が、岸田首相と面会し、2月25日に決定した新たな活動方針を手渡した。家族の高齢化が深刻になる中、「苦渋の判断」でこれまで以上に、北朝鮮に対する“対話路線”に踏み込んだ今回の方針。家族らは、岸田首相に解決に向けた具体的な行動を求めた。

4日午後、首相官邸で岸田首相と面会した拉致被害者の家族たち。手渡したのは、2月25日に家族会と支援団体の「救う会」が決定した新たな活動方針だ。

横田めぐみさんの母・早紀江さん(88)
「本当に岸田総理の間に、必ずこのことは動かしていただきたい」

娘・めぐみさんが拉致されてから46年。88歳になった横田早紀江さんは、岸田首相を見据え、力強く訴えかけた。

■「独自制裁解除」に初めて踏み込んだ活動方針

2月25日。活動方針を議論するため、今年も全国から家族が都内の会場に集まった。活動方針は、被害者家族の当事者としての「声」を日本政府だけでなく北朝鮮に対して示すもので、毎年話し合われてきた。

今回、新たに盛り込まれたのが、「親の世代の家族が存命のうちに全拉致被害者の一括帰国が実現するなら、我が国が人道支援を行うことと、我が国がかけている独自制裁を解除することに反対しない」という一文だ。

政府が認定している・いないにかかわらず、すべての拉致被害者の即時一括帰国が実現するという条件のもと、日本政府が独自に北朝鮮に対してかけている制裁の解除に「反対しない」とする内容。

去年2月に決定した活動方針で、同じ条件で北朝鮮への「人道支援に反対しない」という内容を盛り込み、“対話路線”へのかじを切っていたが、今年は、制裁の「解除」にまで踏み込んだのだ。

北朝鮮への対応はどうあるべきか―。家族会は長年、北朝鮮に圧力をかける「制裁」が必要と主張してきた。核・ミサイル開発に資金を絶つことなどにより、北朝鮮から“対話への歩み寄り”を引き出す狙いがあった。しかし一転して、救出活動の軸の一つであった制裁の「解除に反対しない」と踏み込んだ背景には、家族たちを追い詰める差し迫った状況がある。

拉致被害者家族会代表 横田めぐみさんの弟・横田拓也さん(55)
「(北朝鮮に)平静を保って対話をしましょうなんていうのは、本当は苦しいです。それでも私はめぐみに会いたいし、母に再会してもらいたい」
「高齢の親世代の家族に万が一のことがあってはいけないという心配」
「ゆずれるところはゆずる」「そのための苦渋の判断です」

■いつ、何があってもおかしくない年齢に

88歳の横田早紀江さんは去年、自宅で倒れ一時入院。車椅子での生活を余儀なくされている有本恵子さんの父・明弘さんは、95歳になっている。また、2020年、横田めぐみさんの父・滋さんと、有本恵子さんの母・嘉代子さんが死去。2021年には、家族会代表として活動の最前線に立ってきた飯塚繁雄さんが亡くなった。

再会がかなわず無念のままにこの世を去っていった家族たち。政府認定でまだ帰国できていない拉致被害者の家族のうち、親の世代が健在なのは、早紀江さんと明弘さん2人だけになってしまった。

田口八重子さんの長男・飯塚耕一郎さん(47)
「人の命の重みが時間の経過とともに心にすごく押し迫っている」

横田めぐみさんの弟・哲也さん(55)
「無念の中で亡くなった方も多いが、せめて今残っている親世代の2人には、幸せを享受してもらいたい」

いつ何があってもおかしくない年齢になった親世代の家族たち。前提条件とする「“存命のうち”の解決」には、タイムリミットが迫っていることへの家族らの焦りと切実な思いが込められている。

■単に制裁解除に傾いたのではない

家族の置かれた深刻な状況を踏まえ、苦渋の判断で“対話路線”により踏み込んだ今回の活動方針。ただ、家族は「単に制裁解除に傾いたのではない」と強調した。

今回の方針でも、親世代が存命のうちに被害者の帰国が実現しなければ、逆に、「強い怒りを持って独自制裁強化を求める」と併記している。「制裁解除に反対しない」のは、あくまでも、“親世代が存命のうち”の解決が前提条件であり、そこはゆずれないというのが家族の主張なのだ。

横田拓也代表
「北朝鮮が拉致被害者の即時一括帰国を果たさない限り、制裁の手を緩めることはありません。万が一、親世代が亡くなった後に、被害者を帰国させても解決とはみなさない」

■“異例”…北朝鮮の動きを注視

一方で、北朝鮮の“異例”の動向を家族らは注視している。

今年1月1日に発生した能登半島地震に対し、金正恩総書記は岸田首相に当てて、見舞いのメッセージを送った。また、2月15日には、金総書記の妹・与正氏が談話を発表。日本政府が「関係改善を開く政治的決断を下せば、両国はいくらでも新しい未来を共に開いていくことができる」などとし、「首相が平壌を訪問する日も来るだろう」と言及してみせた。

ただ、談話の中で「拉致問題は解決済み」と釘も刺した与正氏。この点について横田拓也さんは「到底受け入れることができない」と言うものの、談話そのものについては北朝鮮からの「歩み寄りのサインの可能性」もあると考えている。

「またとないチャンスを、どうか具体的につなげていただきたい」拓也さんは、岸田首相との面会の場でも強く訴えた。

■岸田首相「私自身が先頭に立ち、全力で取り組む」

家族から、苦渋の、それでも期待を込めた方針を受け取った岸田首相。

岸田首相
「現状を大胆に変えるべく、総理大臣として、私自身が先頭に立ち、この政府を挙げて全力で取り組んでまいります。その決意を改めて申し上げさせていただきたい」
「今回の運動方針に盛り込まれた新しいメッセージにつきましても、重く受けとめるところであります」
「私自身、皆様方の切実なる思い、これをしっかりと受けとめさせていただき、改めて強い覚悟を新たにしているところであります」

金正恩総書記との日朝首脳会談を、早期に実現するべく取り組んでいく考えを改めて示した。

横田拓也代表
「本当に残された時間がまさにないわけです。親世代の家族が、(被害者と)再会できなければ、40年、50年待った最後の結果が、そうした不幸な出来事であっては絶対にならない」

限られた時間。果たして事態を動かすことはできるのか。これ以上、無念のままに亡くなる家族がでてほしくない。家族らは日本政府の具体的な行動による、解決への動きを待ち望んでいる。

(日本テレビ報道局社会部 拉致問題担当 猪子華)

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