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【なぜ】“袋小路”の『北陸新幹線延伸』 詳細ルート決まらず着工ずれ込みへ「千年の愚行」京都の反対機運と早期開業求める北陸選出議員の苛立ち…カギを握る来夏の参院選

2024年12月29日 10:00
【なぜ】“袋小路”の『北陸新幹線延伸』 詳細ルート決まらず着工ずれ込みへ「千年の愚行」京都の反対機運と早期開業求める北陸選出議員の苛立ち…カギを握る来夏の参院選
敦賀まで延伸された北陸新幹線

 北陸新幹線で未着工となっている敦賀~新大阪間を巡る与党内の議論がこの年末、詳細ルートの決定目前まで行きながら、結論を出すことが出来なかった。来年度末を目指していた本体着工時期はずれ込み、次なる着工のめどすら打ち出せていない。人件費や物価高で概算建設費も3兆円台に膨れ上がったほか、京都市内では『反対』の機運が高まりつつあるなど、事業そのものが“袋小路”に迷い込みつつある。「歯車」はどこでかみ合わなくなったのか。(報告:髙橋克哉)

■京都市内の3つの案を一本化→来年度末に着工予定のはずが…

「福井の事が書いていない!」

 12月18日、自民・公明両党で作る「与党整備新幹線建設促進与党プロジェクトチーム(PT)」の下部組織「北陸新幹線整備委員会」(委員長・西田昌司参院議員)が非公開で行った会合で、福井1区選出の衆院議員・稲田朋美元防衛相が声を荒らげると、会場は静まり返ったという。この日は2025年度当初予算案を見据えた「中間報告」を採択する予定だったが、稲田氏の発言で文言修正を余儀なくされ、結論を持ち越した。

 稲田氏の"怒り"の根源を解き明かすには、敦賀以西の延伸をめぐる今年の経過説明が必要だ。

 国の2025年度当初予算をめぐる焦点は、地下を走る京都市内中心部のルート選定だった。国土交通省などは8月、最後まで未定だった京都市内のルートについて、①既存のJR京都駅付近を南北に通す「南北案」と②東西に通す「東西案」に、③京都駅から南西におよそ5キロ離れたJR桂川駅付近に北陸新幹線新駅を設置する「桂川案」の3案を与党に示した。いずれも、地上から40メートル程度深い場所を通る「大深度」の地下案だ。

 与党は、年内にこの3案を1つに絞ったうえで、2025年度当初予算に敦賀以西の本体工事費を盛り込み、同年度末の本体着工を目指していた。与党整備委も12月初旬までは、その「ゴール」に向けて議論を加速化させてきた。

■“事実上の反対”京都市長が4つの懸念表明 「急がば回れのタイミング」

 ところが、12月13日の整備委に招かれた京都市の松井孝治市長は、「1本化以前の問題」として、①地下水などの環境影響、②工事で出る残土処分方法、③工事期間中の交通渋滞、④財政負担の「4つの懸念がある」と指摘した。

 与党整備委内では当初「明確に反対しなければ一本化を進めても良いのではないか」との声もあったが、限りなく「事実上の反対」に近い松井市長の意見表明に、会合後は慎重な議論を求める声が相次いだ。

 「市長の同意」は厳密には着工の必須条件ではないが、整備委メンバーの1人は「静岡県のように議論が停滞することだけは避けなければならない。ここは『急がば回れ』のタイミングだ」と語った。「静岡」とは、川勝平太前静岡県知事のことである。リニア中央新幹線の建設をめぐり、水資源への影響などを指摘して事業が膠着状態となったことは記憶に新しい。

■2案に絞るも「新規着工費」盛り込まれず…稲田氏ら北陸議員「手ぬるい」

 こうした状況を踏まえ、18日の整備委で西田氏が示した「中間報告案」は、3案のうち①南北案と③桂川案の2案に「絞る」という折衷案だった。1案に決めることによる京都側の反発を回避しつつ、選択肢自体は3案から2案に絞ることで、議論の進捗をアピールしたいとの思惑があった。

 結局、20日に仕切り直された会合で、「2案に絞る」案は了承された。西田氏は記者団に今年1案に絞っても地元同意を含めた来年度着工の見通しは立っていないとの見方を示した上で、「環境や財源など地元の懸念払しょくに努めたい」と話した。次の本体着工目標にも言及せず「丁寧な姿勢」をアピールした。

 ただ、政府は27日閣議決定した来年度当初予算案の北陸新幹線関連で「事業推進調査費」として14億5000万円(前年度比1500万円増)を計上したのみで、概算要求時点で金額を示さない「事項要求」としていた新規着工費は盛り込まれなかった。与党が目指してきた来年度末の着工は事実上不可能となった。

 一連の対応は、敦賀での乗り換えに伴う「分断」を一日も早く解消させたい、稲田氏ら北陸選出の議員には「手ぬるい」と見えたようだ。

■酒造組合「地下水影響はないのか」 仏教会は「千年の愚行」と批判

 一方、与党整備委の上部組織「与党整備新幹線建設推進PT」の一人からは、「京都にここまで反対・慎重の声が多いとは思わなかった」と驚きの声が上がる。

 先陣を切ったのは、“酒どころ”として知られる京都市伏見区の酒造組合。12月2日、京都市内の地下トンネル工事が、地下水に影響を与えるのではないかとの懸念を示し、「本当に影響を与えないルート設定なのか、慎重に判断いただきたい」と要望書を京都府・市に提出した。

 呼応したかのように、約1100の寺が加盟する京都仏教会も19日、水資源への影響を指摘し再考を求める申し入れを西脇京都府知事に渡した。申し入れでは、「小浜・京都ルート」が京都の有名寺院の直下を通るルートになっている点について「到底看過できるものではない」とした上で、「計画は千年の愚行」と切り捨てた。

 関西選出の与党議員はこんな懸念も口にする。

「オーバーツーリズム問題が指摘される京都市内で、地下工事が始まれば交通渋滞のさらなる激化は避けられない。京都市民がこうしたネガティブイメージを『自分ごと』として想像すれば、反対世論が一気に高まる」

■“整備新幹線”与党PT「地元反対ありえない」との固定観念か

 建設推進の与党はなぜ、「京都の懸念」に正面から向き合ってこなかったのか。複数の議員に話を聞いても明確な答えは得られないのだが、取材を続けていると、与党内に「新幹線はひとえに与党の差配で決まるもので、地元反対などありえない」という固定観念はあるのではないか、との疑念が生じる。

 整備新幹線の着工計画は、かつては「ミスター新幹線」との異名を持った小里貞利元労相など特定議員のリーダーシップで決まる時代から、現在の与党プロジェクトチーム(PT)による集団検討方式に至るまで、一貫して政府与党が差配してきた。

 この基本構図は2009年から12年までの民主党政権でも引き継がれ、自民党など野党議員の「口出し」は許されなかった。「コンクリートから人へ」を掲げて政権交代を遂げた当時の民主党も、整備新幹線にはそれなりに熱心で、現在の「着工5条件」(①安定的な財源見通しの確保②事業採算性③投資効果④JRの同意⑤並行在来線の経営分離についての沿線自治体の同意)の枠組みを作ったのも、この条件の充足を確認して金沢~敦賀間の着工認可も民主党政権時代だった。いずれも熱烈な地元からの後押しがあっての動きだったことは言うまでもない。

■カギを握る来夏の参院選 PT委員長、反対の共産、維新新人…前原氏は「米原派」急先鋒

 ただ、北陸新幹線の京都市内への乗り入れをめぐっては、今のところ地元からの熱烈な要望の声は聞こえてこない。京都市内には半世紀以上前に東海道新幹線が開通していて、「北陸」が死活的に重要なものではないためだろう。新幹線が開業すれば即効で経済効果が見込めたこれまでの整備新幹線計画とは置かれている状況が根本的に異なるのだが、一連の与党内の議論を見ていると、この「特殊性」に着目した議論が行われた形跡は見当たらない。

 似たような事例では、約40年前に開通した東北・上越新幹線の建設工事の際、埼玉県や東京都北部で反対運動が起きた。すでに都市が形成されている首都圏の市街地を新幹線が高速で走り抜けるの
は、メリットよりも騒音などのデメリットが上回るという懸念だった。結果、大宮以南では在来線並みの速度制限をかけることや、平行して埼京線を新設することなどで地元と折り合った。

 京都市内に、北陸新幹線と並走する地下鉄をもう1本通せばよい、という単純な話ではない。地元の懸念に耳を傾け、北陸新幹線が通るメリットは何かを具体的に説明するプロセスが求められているのだ。そういう意味では、このタイミングとはいえ、与党が「地元の懸念払しょく」(西田氏)を打ち出したのは、巡り巡って一歩前進と言える。

 そして、こうした京都の「民意」を聞く最初の機会となりそうなのが、25年夏の参院選だ。

 参院京都選挙区で改選を迎える現職は、与党整備委で委員長を務める西田氏と、共産党の倉林明子氏(64)の2人。共産党は北陸新幹線の敦賀以西の延伸に反対を表明している。日本維新の会は新人で元関西テレビアナウンサーの新実彰平氏(35)の擁立を決めている。

 維新の前原誠司共同代表(衆院京都2区)は馬場伸幸前代表とともに、滋賀県東部を通り米原駅へと接続する「米原派」の急先鋒の一人だ。吉村洋文代表は、大阪府としては「小浜・京都ルート」を支持するが、参院選までに党代表としての見解が求められるだろう。

 いずれにせよ、都大路の大深度を突き抜ける北陸新幹線計画は「第二の平安遷都」というべく国家的プロジェクトか、「千年の愚行」か。2025年の参院選京都選挙区は、3兆円以上に膨らんだ建設費用とともに「新幹線の是非」が一大争点となる、珍しい国政選挙になるかもしれない。

最終更新日:2024年12月29日 10:00
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