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障害者の再犯 深い孤立で刑務所への“無限ループ”【連載:京アニ事件ー傍聴席からの考察ー第3回】

2024年1月25日 7:00
障害者の再犯 深い孤立で刑務所への“無限ループ”【連載:京アニ事件ー傍聴席からの考察ー第3回】
青葉真司被告

 36人が犠牲となった京都アニメーション放火殺人事件。殺人などの罪に問われている男の裁判は、争点となっている刑事責任能力の有無について本格的な審理が始まった。読売テレビでは、京都支局の3人の記者を中心にすべての審理を取材し、事件が社会に問いかけたことを連載記事にまとめている。3回目となる今回は、“障害者の再犯”について考える。(報告:尾木水紀 阿部頼我 藤枝望音)

 青葉真司被告は、京都アニメーションでの放火殺人事件の前にも2度逮捕されていて、2012年にはコンビニエンスストアでの強盗事件で懲役3年6月の実刑判決を受けている。この際、精神障害があると診断され、出所時には国の制度の対象となり、精神科への通院や訪問看護などの福祉サービスを受けていた。

 ところが、事件の約4か月前には、こうした支援を拒絶するようになっていた。犯罪歴のある障害者が再び事件を起こさないために何が必要なのかを取材した。

■罪を犯した障害者の居場所

 今回、大阪府のあるグループホームが私たちの取材を受け入れてくれた。ここでは、統合失調症や発達障害といった様々な障害のある利用者9人が生活し、職員が食事の準備や金銭管理など、利用者の身の回りのサポートを行っている。

 実は9人の利用者は全員、罪を犯した過去がある。多いのは窃盗罪や詐欺罪(無銭飲食)など。この施設は犯罪歴のある障害者を出所後一時的に受け入れ、社会に復帰できるよう見守っているのだ。ただ、施設の冷蔵庫にはカギがかけられ、個人の持ちすべてに名前シールが貼られているなど特殊な状況も垣間見えた。

 田村さん (※仮名)「窃盗と放火で(服役)。ここに来なかったらまた刑務所に入っていたと思います。」

 知的障害を抱えている田村さん(仮名)は、幼少期に親元を離れ児童養護施設で育った。養護施設を出た後は、悪友との付き合いから逃れられずに窃盗などを繰り返す生活を送る。更生施設で暴力を振るわれるなどいじめを受けると、「イライラしたから」という理由で近所の家に干されていた洗濯物に火をつけた。

 職員「最低3年、本当は5年、グループホームにいた方が良い。出て行った先でこの前みたいにストレスためて、なんかしたらどうなる?」
 田村さん「捕まります」
 職員「捕まったらどうなる?」
 田村さん「刑務所行きです」

 施設の取材をしていて目立ったのが、職員たちへの相談。絶えることなく、次から次へと利用者の誰かが職員に話しかけていた。責任者の福井政文さんは、彼らが納得できるまでとことん話を聞くことが必要だという。誰にも相談できず孤立を深めて罪を犯してきた背景から、社会復帰のためには密なコミュニケーションが何よりも大切なのだ。

 グループホームの責任者 福井政文さん
「育ちやどういった罪を犯したのかなどを記した“フェイスシート”という書類があります。それを最初は読んでいたんですが、今では僕の中で完全に無視して、まず一人の人間だという見方をしています。利用者たちは障害者というよりもまず一人の人間。テクニックではなしに、本当に心から彼らの話を聞いて、支援する側としても真剣に話することによって、いい加減に扱われているという感覚はもってもらわないような支援を職員に心がけてもらっています。」

■福祉の必要な受刑者を支援

 犯罪歴のある障害者を出所後一時的に受け入れ、社会に復帰できるよう見守っている。田村さんがこうした支援を受けられるようになったのは、『特別調整』という制度があったからだ。

 特別調整とは、身寄りがないうえに高齢や障害によって自立が難しい受刑者を、出所後、円滑に福祉サービスにつなげる手続きのこと。その橋渡しを担うのが各都道府県に設置された『地域生活定着支援センター』で、14年前に制度化され、現在は全国で年間800人近くが支援の対象になっているという。職員は、主に出所を目前にした満期受刑者と面談し、その人の適性や希望を見極めながら住む場所を見つけたり医療機関と交渉を行ったりする。

 一方で、福祉サービスへつなぐだけが役割ではない。取材中も、職員の元には、支援を行った元受刑者たちからの電話が頻繁にあり、相談があった場合などには、グループホームを直接訪れ面談を行うこともある。

■「特別調整」制度設計の背景は

 特別調整の設計に関わった龍谷大学の浜井浩一教授は、制度ができた背景について、刑務所内に障害者や高齢者、外国籍など何らかのハンデを抱えている受刑者の割合が増え続けている状況があったと話す。

 龍谷大学 浜井浩一教授「障害者っていうのは、周りが認識をして、そもそもサービスがあれば犯罪するような人たちではない。家族が支えていれば犯罪をする可能性はないわけです」

 障害を持っているだけではなく、不遇な成育環境などによる深い孤立が原因で、刑務所を出ても居場所がない人たちが多数存在している。その人たちが刑務所に居場所を求め、何度も刑務所に出入りしてしまうケースが後を絶たないと指摘した。

 龍谷大学 浜井浩一教授「身寄りもなく障害を抱えていたり高齢で働けないような受刑者に対しては、何らかの支援をして福祉へちゃんとつなげて、そこで生きていけるような制度を作りましょうと。そうすれば、この無限ループを断ち切ることができるんじゃないか」

 本来福祉にかかるべき人たちに目が向けられていなかった実情。特別調整は、そうした人たちを、適切な支援に結びつけるための制度だ。

■必要なのは「周りから認められる経験」

 大阪府堺市にある就労支援施設「ともにーしょうりんじ」では、犯罪歴のある障害を持つ人たちを多数受け入れている。20代の大山さん(仮名)は、21歳の時に特殊詐欺の受け子として逮捕され、少年刑務所で2年間を過ごしたのち、今年3月にこの施設にやってきた。施設ではタオルやシーツなどの洗濯を行っている。

 大山さん 「1回事務所で思いっきり暴れた時に、思いっきり怒鳴り散らされたの覚えています。ワーって怒ってくれる人ってあんまりおれへんかったから、俺個人にこんなに怒ってくれるんやってめっちゃ感じました」

 大山さんは幼い頃、母親の内縁の夫から激しい虐待を受け、中学卒業後に逃げるように実家を飛び出していた。

 大山さん「どうせ家おっても殴られるだけ蹴られるだけ、飯も食わしてくれへんし、みんなでご飯食べに行こうって言っても僕だけ家置いていかれるから毎回。今自由に生きていることが幸せです。僕の今の目標は、ここで支援員をやることが一番の目標です」

 かつては暴れたり、気分が落ち込んだりすることも少なくなかったというが、今では社会復帰に向け取り組んでいる。代表を務める石野英司さんは、罪を犯した障害者が社会復帰するには、“居場所”があるだけでは不十分で、“周りに認められる経験”が必要だと考えている。誰かから必要とされることで社会に存在する価値を感じられ、罪を犯さなくても生きていくことができるようになるという。

 虐待やネグレクト、親との離別…不遇な成育環境が障害と相まって、犯罪へとつながっている現実があった。安全な居場所と周囲から認められる環境があれば、再犯から遠のくはずだが、取材を通して見えてきた課題も。

 現状の制度では、支援がいずれ途切れてしまうのだ。「特別調整」の制度では、出所後から3年での社会復帰を想定している。グループホームはあくまで自立を目指すための一時的な居場所であり、終の棲家にはなりえない。彼らが一生をここで過ごすことは出来ないのだ。

 グループホームの責任者 福井政文さん
「関わりの中で構築された信頼関係が、自立した後にも新たにすぐできると私は思えない。そう考えると、グループホームがキーステーションになって、利用者さんとホームを離れた後も関われるような何らかの仕組み・制度、それを考えてもらうことが、利用者の今後の人生を穏やかに、あるいは安定した生活につながる気がします」

 これまで見捨てられてきた人たちに、「人とのつながり」「社会とのつながり」を持ってもらう。特別調整は、罪を犯した障害者の社会復帰への一歩を後押しする役割を果たしているといえる。

 その一方で、現状の継続的な支援はグループホームなどの善意によって支えられている。地域社会を出た後にも人と関わっていける仕組みがあれば、本当の意味での「社会復帰」につながっていくのではないだろうか。

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