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『平和の尊さ』伝えたい 高校生平和大使 核兵器禁止条約締約国会議へ【NEVER AGAIN・つなぐヒロシマ】

2025年3月4日 16:59
『平和の尊さ』伝えたい 高校生平和大使 核兵器禁止条約締約国会議へ【NEVER AGAIN・つなぐヒロシマ】

3月3日から、アメリカで核兵器禁止条約の締約国会議が開れます。日本政府は参加しませんが、広島からは高校生平和大使の沖本晃朔さんが現地に向かいます。その思いを取材しました。

高校生平和大使の沖本晃朔さんは、AICJ高校の2年生です。沖本さんは将来、国際的に活躍することを目指して勉強に励んでいます。

高校の生徒会長を務める沖本さんは、学校の活動には積極的に参加し、同級生や後輩からも慕われています。

■後輩は…
「明るくて、いつも引っ張てくれているいい会長かなと。」

■同級生は…
「新しいことが大好きな会長で、学校でしたことないことをどんどんやっていこうみたいな、向上心をもったいい会長だと思います。目立ちたがり屋です。」

沖本さんは、毎月必ず取り組んでいることがあります。高校生平和大使として、核兵器廃絶を目指し、署名を呼びかけています。

■高校生平和大使 沖本晃朔さん
「核兵器廃絶の署名活動への、ご協力をお願いします。」

2024年8月には、国連欧州本部に署名を届け、思いも伝えました。

■高校生平和大使 沖本晃朔さん
「僕らの最終目標は核兵器廃絶です。現実的に厳しいとは言いたくありませんが、ほぼ不可能でしょう。しかし、私たちができなければ、誰が希望を見い出すのでしょうか。」

母親の仕事で小学5年生からおよそ2年間、ミャンマーで暮らしていた沖本さん。一時帰国中に、クーデターが発生します。

■高校生平和大使 沖本晃朔さん
「最初は本当に信じられなくて、豊かな明るいミャンマーがこうなっているんだというのは、僕が当たり前にとらえていた平和というのは、こんなにももろく奪われやすいものなんだと感じました。」

第二の故郷で感じた平和の尊さ。高校生平和大使に応募した2024年、曽祖母が被爆者だったことも知りました。広島市内で被爆した沖本正子さんは、自宅が爆風で崩れ、一緒に暮らしていた親戚を亡くしました。

■高校生平和大使 沖本晃朔さん
「曽祖母が「生き残った者の責任を感じた」という言葉は、結構今の僕にもダイレクトに響いて、生まれもった責任というのを継承しているという自覚がその時に芽生えて、自分が生まれ育った地に、過去に何があったのかを知る必要があるし、世界につなげていく必要があると感じました。」

3月にアメリカで開かれる核兵器禁止条約の締約国会議で、沖本さんはチャンスがあればスピーチするつもりで、準備を進めています。

■高校生平和大使 沖本晃朔さん
「僕の曽祖母の被爆体験を入れたりとか、僕らは市民サイドから世論形成を頑張るから、きょう(締約国会議に)来ている政治に関わっている仕事の方とかがいたら、具体的なアプローチをとるように訴えています。」

近くで見守ってきた母・美佳さんもエールを送ります。

■母・沖本美佳さん
「それぞれのバックグラウンドとか背景はいろいろあって、それを動かすって、すごく難しいかなと本人も感じていると思うし、個人の中では分かり合えるというか、語るとか話すっていいことなんだって、感じてくれたらいいなと思います。」

■高校生平和大使 沖本晃朔さん
「(核兵器禁止条約の締約国会議に向けて)緊張していますが、広島を背負って高校生平和大使として行くので、責任感を感じています。(日本被団協が)ノーベル平和賞を受賞したことからも分かる通り、今世界中で核兵廃絶、平和への世論が高まっていると実感しています。その中で、多くの人が注目している核兵器禁止条約の締約国会議で、僕は広島で学んできた平和教育や、曽祖母の被爆体験などの伝承を踏まえて、世界にアピールしていきたいなと思っています。」

最終更新日:2025年3月4日 16:59