×

「あたたかい見守りだった」妊娠に悩む女性に寄り添う『母と子の幸せの行方は フランスからの報告』③

2023年11月26日 11:51
「あたたかい見守りだった」妊娠に悩む女性に寄り添う『母と子の幸せの行方は フランスからの報告』③
シリーズ『母と子の幸せの行方はフランスからの報告』。昔から匿名での出産が行われてきたフランスの現状を見つめます。3回目は、身元を明かさず匿名出産を決意した女性に対するフランスの支援体制をお伝えします。

■慈恵病院新生児相談室 蓮田真琴室長(2022年5月・内密出産2例目の会見)
「もし慈恵病院がなかったら、赤ちゃんを産まず一緒に死んでいたと思いますと話しています」

予期せぬ妊娠に悩んで慈恵病院に助けを求める女性たち。慈恵病院が2021年12月から実施しているのが、病院の相談員にのみ身元を明かして出産する「内密出産」です。今年8月までに14例が実施されました。内密出産を導入しているのは、国内では慈恵病院だけです。

病院に新生児相談室を設け、妊娠に関する相談や内密出産を希望する女性のサポート、他の機関との連携手続きなどを一手に担っています。

■慈恵病院新生児相談室 蓮田真琴室長
「お母さんたちの発する言葉だけで判断しないよう表情を観察しながらお母さんの気持ちをくみ取れるようにと思って接しています」

「子どもを育てられるのか」、「育てない選択をするのか」、揺れる気持ちに寄り添う模索が続いています。

妊娠にショック受け思考停止状態の女性を「蘇生」

10月、パリを訪問した理事長の蓮田健さんと、妻で新生児相談室長の真琴さん。フランスの「匿名出産」について学ぶのが目的です。

女性がすべての産科病院で身元を明かさず出産することができる匿名出産。妊娠中からその相談に応じているのが、妊娠葛藤相談所、MOISE(モイーズ)です。モイーズは、パリの児童保護予算で運営されている民間の相談室です。気軽に訪れてもらうため、マンションの一室に事務所を設けています。心理士とソーシャルワーカーの資格を持つ相談員が常駐し、妊娠に悩む女性の秘密を守りつつ相談に応じます。

精神的に追い込まれた状態でやって来る女性も少なくないといいます。

■MOISE マリー代表
「女性が妊娠していることに気づくと、あまりにショックで思考停止の状態になる人たちがたくさんいます。ですから私たちが「蘇生」をしているものだと思っています。思考を少しずつ生き返らせて、今自分が直面している現実について、どういう風に考えるか歩みを進めることを支えます」

相談の中でも多いのが、妊娠6か月から9か月になって初めて妊娠に気づいたケース。自分の妊娠を受け入れられず、赤ちゃんを迎えることにも、育てられないと手放すことにも心の準備ができていない女性が大半だと指摘します。

慈恵病院で相談窓口を担う真琴さんにも、同じような経験がありました。

■慈恵病院 新生児相談室蓮田真琴室長
「実母さんが慈恵病院に来たばかりの時に、『どうして良いか分からない』と 言うことが多い。それが思考停止の状態ですか?」

■MOISEの相談員 ヴァレリさん
「罪悪感とか、棄てるだとか、そういった言葉が既に頭の中にある状態で来ている人たちなので、モイーズの役割は、子どもを心配している、だからこそ今、悩んでいる。そのことが子どもにとってすごく大事なことなんだと伝えています」

女性が自ら考え選択できるよう寄り添う

匿名出産制度では、身元を伏せて出産したいという女性の希望を尊重する一方で、CNAOPと呼ばれる国の機関が女性の情報を聞き取ります。

情報は、個人を特定できる情報とできない情報に分けられ、特定できる情報は18歳になった子どもが「知りたい」と求めた際に、母親の同意が得られれば開示。つまり、生みの親が誰か知りたいという思いに応える仕組みです。

妊婦の心のケアを専門にするMOISEでは、女性がどのような情報を残すべきか相談に乗るほか、子どもに宛てて残すよう推奨されている手紙を書くサポートも行います。

■MOISEの相談員 モニークさん
「モイーズは、女性たちが選択に自由でいることができて、自分の気持ちや葛藤を十分に聞いてもらえる女性の希望を支える場所です」

女性の決断については否定も肯定もせず、女性自らが考え選択できるように寄り添うことを大切にしています。

■慈恵病院 蓮田健理事長
「制度の運用の中で一番大事なのは、今まで失敗ばかりの女性が親から虐げられ、友達や同僚からさげすまれ、彼から捨てられる、人生の失敗経験を重ねている女性の選択や方針に寄り添うということが、一番難しくやりにくいこと。これから日本で内密出産の第二、第三の機関が出てくる中で一番大切なところ」

匿名出産を選んだ女性の思いは

妻子のある男性の子どもを妊娠したマリーさん(仮名・40代)。

■匿名で出産を選んだマリーさん(仮名)
「私がどういうことを望んでいるか分かってくる人たちで、とてもあたたかい見守りでした。どんな目で見ていたか、どんな笑顔で、どんな態度か。肩に手を置いてくれたか。話を聞いてくれる人がいることが大切なんだと思います」

相談に応じてくれた病院やソーシャルワーカーは、マリーさんを一切責めなかったと振り返ります。気持ちを落ち着かせてもらったことで、子どもの将来に思いをめぐらし匿名出産に踏み切りました。

■匿名で出産を選んだマリーさん(仮名)
「子どもが会いたくて、初めて会うことが大事だと思うのです。親はいるけど育てられないという状況より、養子縁組をして、その上で出自情報にアクセスできる方が、子どもが傷つかないと思いました」

様々な事情を抱えた女性の選択が、少しでも母と子の幸せにつながるように。長い歴史の中で整備されてきたフランスの匿名出産制度の中で、妊娠に悩む女性に寄り添う支援が大きな役割を担っています。

■慈恵病院 新生児相談室蓮田真琴室長
「妊娠期間中のお母さんを大事にして、お母さんが妊娠を受け止められなかったことも全部受け止めて、お母さんが前を向いて生きていけることも、赤ちゃん、子どものことを守ることになるのかなと思いました」

(畑中香保里キャスター)
取材した藤木紫苑記者です。女性のケアが子どもの幸せにつながる。日本の内密出産でもヒントになりそうですね。

(藤木紫苑記者)
産前産後の女性のケアや子どもの育ちを見守る心理士やソーシャルワーカーなど、複数の専門職が配置され、社会全体で母子を支える環境整備の上に匿名出産が運用されていることを実感しました。

(畑中香保里キャスター)
フランスでは、母親が匿名で出産できる権利と、子どもが生みの親の情報を知るいわゆる「出自を知る権利」との両立をはかっていることもポイントですね。

(藤木紫苑記者)
子どもの出自に関する情報の管理と開示のあり方について、身元を伏せた出産の法制度があるフランス、ドイツと比較してみます。

▼フランス、ドイツともに情報は国が管理。
▼書類としては聞き取りを元にするフランス、本名や生年月日、出産した病院など出自証明書を書くドイツ
▼開示の時期はそれぞれ18歳と16歳ですが、フランスでは母の同意、ドイツでは裁判所の判断で開示されます。

(畑中香保里キャスター)
日本では、去年9月に国が初めて内密出産のガイドラインを示しました。

(藤木紫苑記者)
しかし今は、出自に関する情報の管理は病院に、開示の時期や方法は病院と自治体の判断に委ねられています。今後、内密出産を導入する医療機関が全国に広がっていく場合、生まれる地域や病院によって子どもが出自に関する情報を受け取る時期や内容にバラツキが出てしまうおそれも考えられます。

(畑中香保里キャスター)
慈恵病院では、今年8月までに14例の内密出産が実施されました。生まれた子どもたちもいずれ成長し、自分のルーツを知りたいと思う年齢を迎えます。

(藤木紫苑記者)
出自に関するデリケートな情報の取り扱いには、一つの病院だけでは限界があるということを実感しました。日本で内密出産が今後どう運用されていくのか、国がどう関与していくべきなのか、社会全体で考える必要があると思います。