検察の思惑 「被告の言動は想定内」【連載:京アニ事件ー傍聴席からの考察ー第2回】
去年9月5日から始まった京都アニメーション放火殺人事件の裁判員裁判。読売テレビでは、京都支局の3人の記者を中心にすべての審理を取材し、裁判に関する連載を始めた。第2回のテーマは、“検察の思惑”。
これまでの裁判で、弁護側は、不遇な過去を明らかにすることなどによって青葉被告の心が“闇”に落ちていったことを印象付け、青葉被告本人からは、理解しがたい“妄想話”が繰り広げられる場面もあった。これについて、ある検察幹部は、私たちの取材に対し、青葉被告の言動は“想定内”と話した。
検察は、被告人質問や証人尋問を通して、「被告の病気が犯行に影響したとは言えない」ことを示す材料を丁寧に提示する構えだ。今回は、法廷でのやり取りを細かく掲載し、本格化し始めた法廷論争を伝える。(報告:尾木水紀 阿部頼我 藤枝望音)
■「“闇の人物”は、事件と関係ないのでは」
3日半に及んだ弁護側からの質問では、自身の生い立ちや仕事の変遷、逮捕歴、京アニに恨みを募らせていった経緯などについて、青葉被告が自らの口で語った。「ナンバー2」と呼ばれる裏社会で暗躍する“闇の人物”が京アニに指示をし、自分が書いた作品を京アニ主催の賞から落選させたり、警察の「公安」を使って自身を監視したりしていたと主張。
京アニへの放火は、それらをやめさせるためにやったことと説明していた。不遇な過去や明らかな“妄想話”を、時には身振り手振りを加えながら饒舌に語る姿が印象的だった。
青葉被告の“独壇場”とさえ感じられる雰囲気のなか、公判6日目となった去年9月14日、検察官が青葉被告への質問を開始した。「ナンバー2は事件とは関係ないのでは」と早速、青葉被告の主張の切り崩しにかかった。これに対し、青葉被告は、支離滅裂としか受け取れない回答に終始した。
(検察官)「小説を落選させられたことやパクられたことに腹を立てていたということですね」
(青葉被告)「はい」
(検察官)「(小説を)パクったのは、京アニや女性監督がしたことということですか」
(青葉被告)「そうなります」
(検察官)「ではナンバー2(闇の人物)はパクったことに関わっていないのではないですか」
(青葉被告)「元々の小説のアイデアは隕石が落ちてくるというものだったので、隕石をワープ装置を使って落とすことで・・・『君の名は』という映画のはじめに隕石が落ちてくるのですが…それらにも影響力を示していたと思うので(ナンバー2は)パクったことに関わっていると思います」
検察からの追及は続いた。
(検察官)「『公安』というのは、後から創作した話ではないんですか」
検察は、逮捕時の取り調べにおいては、青葉被告から公安の話は一切なかったと指摘しているが、青葉被告は、「他の人に言うことをためらっていたが、弁護士に頼まれて話すことにした」などと説明している。
この一連の追及では、検察として、「“ナンバー2”などの影響ではなく、被告自身が京アニに強い恨み、復讐心を持っていたため犯行に及んだ」ことを立証するんだという意図が感じられた。青葉被告の返答は、答えになっていないものも少なくなく、やや困っているかのようにも見えた。
被告人質問を終えてある検察幹部は、「びっくりするような主張も出てきておらず、ある程度、想定内」と語った。青葉被告の受け答えの様子から、「病気の影響で妄想を募らせていたことは確かにある。
しかし、それが犯行にどう影響したかがわからないのでは。裁判官らにも同じように判断してもらえるよう、材料を提供し続けるだけだ」と説明した。
去年9月20日には、被害者参加制度を利用し、遺族や代理人の弁護士から、青葉被告に質問する機会が設けられた。遺族らの苦悩がまじる問いかけに対し、青葉被告が苛立ちを隠せない場面が度々見受けられた。
(遺族代理人)「(京アニ事件の前に)強盗事件を起こす前、『蒸発』しようと掲示板に書き込んでいましたが、『蒸発』とは何を指しますか」
(青葉被告)「人間関係を全部切って、違うところで人生をやり直すことです」
(遺族代理人)「(京アニ事件の)犯行前の選択肢として(蒸発は)なかったのですか」
(青葉被告)「こんなことするならさっさと死んでくれということですか!」
イライラした口調で語気を強めるように話した青葉被告。これまで感情の起伏をあまり見せてこなかった法廷で、初めて苛立ちをあらわにしたように見えた。また、遺族代理人からの“逆質問”で、裁判長からたしなめられる場面もあった。
(遺族代理人)「あなたが言っていた(犯行の直前に感じた)『良心の呵責』とは何を指しますか」
(青葉被告)「それなりのことをすると多くの人が死ぬということです」
(遺族代理人)「死ぬのは分かっていたが、被害者の立場は考えなかったということですか」
(青葉被告)「逆にお聞きしたいですが、自分(青葉被告の作品)が(京アニに)パクられたり(青葉被告が京アニの監督に)レイプ魔と言われたことに対して、何か感じたのでしょうか。ただ被害者という立場だけで述べて、良心の呵責はないのですか」
(裁判長)「あなたが質問する場ではないので、質問に答えてください」
また、別の遺族からの質問にはー。
(青葉被告)「自分の立場では、どんな刑であろうと罰を受けないといけないと思いますが、(自分の作品をパクった)京アニが不問なのはどうなのかと思います。盗作をやって稼いだお金を貰っている時点で、知らないというのはどうなんだろうと思います」
と、盗作されたと主張する作品とは無関係の社員についても、「知る努力をしないのが悪い」と口にすることもあった。
一連のやり取りに対し、青葉被告の代理人弁護士から質問が及ぶと、青葉被告は「やはり追及が厳しくなった。疲れています」などと言葉を返した。京アニと犠牲者に対する青葉被告の言動に、裁判に参加する遺族は顔をしかめていた。
■強まる京アニへの〝憎しみ〟検察の狙い筋か
検察官、遺族らからの被告人質問を通じて明らかになったのは、青葉被告が持つ「京アニに対する強い恨み」だ。弁護側の質問を終えた時点での青葉被告への印象は「つらい過去や突飛な妄想を話す”不気味な存在”」というものだった。
一方、検察の質問では苛立ちを見せたりするなど“人間味”を感じさせる場面が目立った。検察は、被告人質問を通じ青葉被告の京アニに対する憎しみの感情を浮き彫りにすることで、「京アニへの恨みと「ナンバー2(闇の人物)」は無関係であることを主張しているとみられる。