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【インタビュー】桂歌助、歌丸を語る第3回

2019年4月20日 22:42
【インタビュー】桂歌助、歌丸を語る第3回

桂歌丸師匠の最後の高座になったのは、2018年4月19日。場所は東京・半蔵門の国立演芸場。出し物は「小間物屋政談」だった。

その前年、前々年にかけていたのが、落語中興の祖、三遊亭円朝作の「塩原多助一代記」だった。
今年1月、歌助はその「塩原多助一代記」を横浜にぎわい座で披露した。「30分しゃべると限界。足がしびれますからね」という体にムチを打ち、1時間近くしゃべり上げた。

著書で歌助は師匠に対する最大の恩返しについて「芸を磨くこと、そしてその芸を次の世に残すことだ」と断言している。それを今、実践している形だ。
「自分の役割なんだな」と実感する歌助は、師匠から教わった10席強の噺にも力を入れる。「噺家になって良かったなと思うのは、噺家の場合は、好きなことをしゃべって、支えてくれる方がいれば食べていけること」としながらも、甘えは禁物とつけ加える。「芸に自分の負荷をどうかけるのか。うちの師匠は生涯、やり続けていた」とあらためて師匠の偉大さを感じるという。

今年9月の誕生日で57歳になる歌助。「痛風があって高血圧です」と笑いながら、「お酒は、量はそんなに飲まないけど、ほぼ毎日飲みたいなという感じ」と明かす。
そしてこんなことも思う。「師匠はまったく酒は飲まないので、それが寂しかった。酒を飲む師匠だったら、いろいろ言ってしまってしくじったかもしれないけど、あれこれしゃべれたんじゃないかなって」。

著書のタイトルを「師匠 歌丸」にする許しは、晩年の師匠に得ている。
「読んだ感想は聞けずじまいでしたけど……」と寂しそうな歌助だが、「師匠は81歳と11か月でした。僕は酒を飲みながら82歳まで」と、まだまだと意気込む。師匠が手掛けた長講には、「真景累ヶ淵」や「乳房榎」など怪談噺もある。それを継承するのも、歌助の役目だ。

4月26日には、東京・神保町の出版クラブホールで、弟子2人による「歌助・歌蔵出版記念二人会」を開催する。