『はれときどきぶた』作者・矢玉四郎さん死去 童話への思い「自分を自分で育てていくことが成長」
矢玉四郎作・絵『はれときどきぶた』(岩崎書店)
絵本『はれときどきぶた』などを手がけた作家の矢玉四郎さんが7月14日に老衰のため亡くなっていたことが20日、出版元・岩崎書店の公式サイトで発表されました。80歳でした。1巻目の『はれときどきぶた』の初版から44年。矢玉さんは子供の本音を探りながら、それを作品の中に取り入れたといいます。矢玉さんが生前語っていた、童話への思いとは―
矢玉さんは1944年2月3日、大分・別府市生まれ。30歳のときに『おしいれの中のみこたん』で作家としてデビューすると、『はれときどきぶた』をはじめとした“はれぶた”シリーズや、版画絵本『じろきちおおかみ』、『時計がわかる本』などを手がけました。
『はれときどきぶた』は、1980年に岩崎書店の『あたらしい創作童話』シリーズの13巻目として出版されました。主人公の畠山則安君が明日は「はれ、ときどきぶたがふるでしょう」と“でたらめな絵日記”を描くと、本当にぶたが…!という物語です。その後、『あしたぶたの日』、『ぼくときどきぶた』、『はれたまたまこぶた』などの“はれぶたシリーズ”としてシリーズ化。全10巻の累計発行部数は約400万部(出版社発表)だということです。
出版元・岩崎書店の公式サイトに掲載されている矢玉さんのインタビューによりますと、『はれときどきぶた』は小学3年生が自分で読む本を想定して作ったといいます。矢玉さんは「自分で1ページずつ紙をめくりながら、文を読み絵を見て、物語の中を進んでいく、本を読む楽しさを味わえるように工夫しました。1・2年生で幼年童話を読んだ後、3年生が読む本です」と解説していました。
そして、幼年童話の大切さについては「“はれぶた”シリーズの主人公・畠山則安は、英雄でもないし、スーパーマンでもないので、だれでも自分に置き換えて読むことができます。どんな人でも自分の人生では、自分が主人公です。自分は自分、失敗することもあるけど、自分を自分で育てていくことが成長です」と語っていました。
岩崎書店の公式サイトでは「“はれときどきぶた”シリーズの著者、矢玉四郎先生が2024年7月14日に老衰のため逝去されました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。ご葬儀は、矢玉先生のご遺志により、家族葬にて執り行われました」と報告され、「矢玉先生も見守ってくださる中、則安くんやぶたはこれからも活躍を続けます!」とコメントしています。
矢玉さんは1944年2月3日、大分・別府市生まれ。30歳のときに『おしいれの中のみこたん』で作家としてデビューすると、『はれときどきぶた』をはじめとした“はれぶた”シリーズや、版画絵本『じろきちおおかみ』、『時計がわかる本』などを手がけました。
『はれときどきぶた』は、1980年に岩崎書店の『あたらしい創作童話』シリーズの13巻目として出版されました。主人公の畠山則安君が明日は「はれ、ときどきぶたがふるでしょう」と“でたらめな絵日記”を描くと、本当にぶたが…!という物語です。その後、『あしたぶたの日』、『ぼくときどきぶた』、『はれたまたまこぶた』などの“はれぶたシリーズ”としてシリーズ化。全10巻の累計発行部数は約400万部(出版社発表)だということです。
出版元・岩崎書店の公式サイトに掲載されている矢玉さんのインタビューによりますと、『はれときどきぶた』は小学3年生が自分で読む本を想定して作ったといいます。矢玉さんは「自分で1ページずつ紙をめくりながら、文を読み絵を見て、物語の中を進んでいく、本を読む楽しさを味わえるように工夫しました。1・2年生で幼年童話を読んだ後、3年生が読む本です」と解説していました。
そして、幼年童話の大切さについては「“はれぶた”シリーズの主人公・畠山則安は、英雄でもないし、スーパーマンでもないので、だれでも自分に置き換えて読むことができます。どんな人でも自分の人生では、自分が主人公です。自分は自分、失敗することもあるけど、自分を自分で育てていくことが成長です」と語っていました。
岩崎書店の公式サイトでは「“はれときどきぶた”シリーズの著者、矢玉四郎先生が2024年7月14日に老衰のため逝去されました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。ご葬儀は、矢玉先生のご遺志により、家族葬にて執り行われました」と報告され、「矢玉先生も見守ってくださる中、則安くんやぶたはこれからも活躍を続けます!」とコメントしています。