連載 ウクライナのいま 第1回「戦争が当たり前の世界」
ロシアによるウクライナ侵攻では、ウクライナが米英供与の長距離ミサイルをロシア領に発射し、ロシアは新型中距離弾道ミサイルで報復した。攻防が激しくなる中、ウクライナの人々はどう日々を過ごしているのか。この連載では、NNNのウクライナ取材をコーディネートするキーウ在住のビタリー・ジガルコ氏が、ウクライナのいまを報告する。
(文:ビタリー・ジガルコ/編集:坂井英人)
■子どもたちのためキーウへ引っ越し
こんにちは!私の名前はビタリー・ジガルコです。
2017年に、日本とウクライナとの関係を深め、よりよくすることを目指して会社を立ち上げました。私の会社では現在、ウクライナ・日本の政府間プロジェクトに関する業務や、日本メディア向けに取材コーディネーション、翻訳を行っています。
私は、1986年にキーウ州のマカリウという小さな町で生まれました。しかし、数百万のウクライナ人と同じように、私の人生もロシアが私たちの国にもたらした戦争によって大きく変わってしまいました。
ロシア軍によりマカリウのインフラや幼稚園、学校が破壊されたため、私と妻は子どもたち(8歳の娘と5歳の息子)が学校と幼稚園へ通えるよう、キーウへ引っ越すことにしました。
■空襲警報で始まる一日
戦争が始まって3年がたとうとしています。多くのウクライナ人にとって、一日は空襲警報の音で起こされるか、そうでなくても、携帯電話で現在の軍事的な状況を確認することから始まります。
ウクライナでは空襲警報がほぼ毎日発出されます。例えば、「キンジャール」弾道ミサイルを搭載した機体が離陸したら、迎撃が難しく、射程も長いので、ウクライナ全土に警報が発せられます。シャヘド(無人機)がウクライナの領空に侵入したら、速度が比較的遅いので、飛行中の地域に対してのみ警報が出されます。地上から発射される弾道ミサイルの場合は、着弾予想地点の地域に警報が出されますが、非常に短い時間で到達するため迎撃はとても難しいのです。残念なことに、私の子どもたちも警報やその種類についてもすでに理解しています。
しかし、だからといって怖くないわけではありません。特に8歳の娘はおととしの2月に戦争が始まったとき、すでに物心がついていて、実際に砲撃などの「戦争の音」をたくさん聞き、記憶として残っているのです。種類に関係なく、娘は警報を聞くと非常に怖がり、しばしばパニックを起こします。そんな時、私はとにかく抱きしめて、「大丈夫、もうすぐ終わるよ」と、落ち着かせるために言葉を紡ぐことしかできません。
■戦争のない暮らしを知らない息子
私にとって幸せとは、子どもたちが学校と幼稚園に行けることです。しかし11月になって、その幸せは減りました。私の娘は空襲警報とキーウへのミサイル攻撃により、先週は2日間学校に行けませんでした。
娘が通う学校は明確なルールを設けています。空襲警報が出ている間は全ての授業が中止になりますが、警報が朝7時20分までに解除されれば、登校して1限目から授業を受けることができます。8時20分までに解除されれば2限目から受けることができ、それ以降に解除された場合は一日中リモート授業になります。警報のために中止になった授業については、宿題が出されます。私の娘はリモート授業を大変嫌っています。友達とのふれあいも、先生との「生の」コミュニケーションもないからです。
今週、息子が私にこう聞きました。「パパが学校に行っていた頃も、空襲警報はたくさん鳴った?」私が、パパが子どもの頃は戦争がなかったから、空襲警報もなかったんだよと答えると、息子は続いてこう質問しました。「戦争がないってどういうこと?空襲警報がないってどういうこと?」これは非常に胸の痛む質問でした。私の5歳の息子は戦争のない人生を覚えていません。残念ながら、彼にとって戦争は人生の「当たり前」になったのです。
このひどい戦争は2年と9か月続いています。時々、戦争のなかった暮らしが夢か、別の人生だったかのように感じられます。私たちは不安さにも、度重なる砲撃にもすっかり慣れてしまいました。毎日のように流れる、人々の死を伝えるニュースにも、ふと慣れていることに気づき、恐ろしい気持ちになります。
もはや私に活力は残っていないと思いながらも、毎朝目を覚ます度に全身の力を奮い起こし、日々を生き、その瞬間を楽しもうとしています。この日が私の人生で最後の日になるかもしれないと理解しているからです。ロシア軍のミサイルや無人機が次にどこに向かうか、分からないのですから。
この文章を読んでいるあなたも、戦争とは何か、真の意味では決して理解できないでしょう。そのような状況にいた人だけが、戦争の恐怖と残酷さを理解できるのです。しかし、あなたが戦時下にいる状況を想像し、戦争の理解に近づけるよう、私の人生のある瞬間をお伝えします。
■警報、ミサイル…迫られる選択
まだ太陽も昇らない未明の時間に空襲警報が鳴り響き、私は携帯電話を見ました。画面には「(ロシア軍の爆撃機)『Tu-95』10機が離陸した」とのメッセージが。しばらく後、2つ目のメッセージが届きました。「現在、『Tu-95』約10機がミサイルを発射」さらにその次。「ミサイルがキーウに向かっている」
間髪入れず、防空システムの迎撃する音が聞こえました。ミサイルやその残骸が家族の暮らすこのアパートに直撃するかもしれません。
こんな時、どう行動すべきなのでしょう?子どもを起こして外に避難すべき?警報が鳴る度にこのように対応していたら、子どもたちには深い精神的なトラウマが残るでしょう。しかし、何もしないことも大きなリスクです。私の心と脳は、答えを求め続けます。
子どもたちを起こそうと決意して寝室に入ると、彼らはすやすやと眠り、口元には笑みを浮かべていました。きっと、楽しく幸せな夢を見ているのでしょう。彼らを起こし、残酷で恐ろしい戦争の現実に引き戻すことはできません。
どう行動すべきか?ろうそくに火をともし、神に祈りを捧げました。子どもたちと、彼らの楽しい夢をお守りくださいと。祈りを捧げている間、窓からは迎撃ミサイルの明るい閃光が見えました。
私は子どもたちを自らの体で覆うようにして横になりました。この攻撃が終わるまで全員が生きていられるようにと心から祈りながら。
ミサイル攻撃は終わりました。神は私の祈りを聞き入れてくださり、家族は無事でした。神よ、この一日に感謝します。
■トランプ政権への期待と不安
今、ウクライナの人々に夢を尋ねれば、きっとほとんどが「平和!」と答えるでしょう。ロシアは平和を、占領した土地と引き換えにするつもりです。これは、2014年にロシアがクリミアとウクライナ東部を占領した時の状況と似ています。このとき、世界はこうしたロシアの行いから目を背けました。今回も国際社会が同じように対応すれば、世界を揺るがすことになるでしょう。北朝鮮、中国、イランやその他の国々は、力さえあれば全てのルールを無視できると考えるはずです。
アメリカのバイデン政権はウクライナを支援してくれていますが、ウクライナが「負けないように」支援を小出しにするやり方です。これまでもロシア軍を押し返すのに必要な強力な支援をためらい、多くの人が亡くなってきました。先日の長距離兵器のロシア領内への使用承認は歓迎すべきニュースですが、なぜもっと早く決断できなかったのでしょう。
トランプ氏のアメリカ大統領選挙での勝利は、もしかするとバイデン大統領よりも大胆な軍事支援を決断するかもしれないという意味で、私に希望を感じさせます。しかし、同時に恐怖も感じます。彼のチームの多くはロシアに近い立場だからです。私は正義が勝利し、ウクライナに公正な平和がもたらされることを心から信じています。
ウクライナの人々が経験した苦難が無駄にならないと信じています。我々の子どもたちが自らの土地で明るく平和な未来を過ごせるよう祈っています。
最後にこれを読んでいるあなたへ。平和を大切に、戒厳令のない夜を大切に、子どもたちの笑顔と、楽しげな眠りを大切にしてください。これらは一見シンプルで当たり前に思えますが、私たちウクライナ人の多くにとって、得ることのできない希少なものになりました。
私たちはこの戦争を生き延び、公正な平和が訪れ、ウクライナに明るい未来があることを信じています。ウクライナを守り、支える全ての人に栄光あれ。ウクライナに栄光あれ!