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90億人の大移動その陰で“帰りたくても帰れない” もうひとつの春節

2024年2月16日 11:54
90億人の大移動その陰で“帰りたくても帰れない” もうひとつの春節

旧正月“春節”の大型連休まっただなかの中国。のべ90億人の大移動は、日本でもその経済効果が期待されています。しかし、故郷に帰りたくても帰れない人もいます。背景にあるのは、長引く“中国経済の低迷”。私たちは14億分の1の“春節”を追いました。
(NNN 中国総局 森葉月)

■“のべ90億人の大移動” 景気低迷が影響 移動手段も変化

旧正月の“春節”連休まっただなかの中国。政府の事前予測では、“のべ90億人”が大移動するという。これまでは、鉄道や飛行機など、公共交通機関での移動人数のみを発表していたが、今年から「マイカーなどでの一般道の移動・72億人分」を上乗せする算出方法に変更した。

専門家は『数字を大きくすることで、“中国経済は明るい”とアピールするカラクリがあるのではないか』と見ている。ちなみに、従来のカウント方法では、去年より14%ほど減少する見通しで、中国経済の失速感がうかがえる。

かつては“爆買い”が流行語大賞に選ばれるなど、中国から多くの観光客が日本に押し寄せた。しかし、国際線の回復も遅れているほか、春節期間中の中国国内の移動手段にも変化が見られた。

春節前日、北京郊外の高速道路のパーキングエリアを覗いてみると、各地方からのナンバープレートが目立つ。北京と2000キロも離れた南部の広東省や内モンゴル自治区など。旅行客などからは「高速道路の通行料金が無料なのは大きい」と喜ぶ声が聞こえてきた。市民の財布のひもが固くなっていることが浮き彫りになった。それでも旅先や故郷に向かう人々の表情は明るい。そんなウキウキとした雰囲気に包まれた高速のパーキングで、私は少し雰囲気が異なる男性に出会った。

■コロナ禍で会社倒産 “仕事があるだけで光栄”

念入りにワゴン車を拭く50代の男性。車の壁面には“配送会社”というステッカーが貼られていた。聞けば、春節の1か月前から配送業を営み、北京を中心に中国北部の各地に荷物を運搬しているという。

『今年は実家の河南省には帰れない。家計のために仕方ない』

男性は1か月前まで建設業を営んでいたが、コロナ禍の影響で工事が頓挫するなどして会社が倒産。人件費なども払えず、多額の借金を背負ったという。ただ、この歳になって未経験の職種に就くことは想像しておらず、体力面でも厳しい状況にあるという。

『正月も関係なく働くのは金のため。底辺の生活をする人間にとって、仕事があることだけでも光栄なんだ。涙も出ない。今はもう笑うしかない』

彼に春節休みはない。

■報じられない14億分の1の春節 “今のうちに稼ぎたい”

中国の市民にとって春節は、年に1度家族が集まる大事な時間。たとえ都市部に出稼ぎに行っていたとしても、この時期だけは故郷に帰り、特に大晦日の夜は家族で食卓を囲む。

そんな大晦日にあたる今月9日、北京の中心部から車で30分ほどの場所に、朝7時前から多くの人が集まっていた。彼らは、日雇いの仕事を探す労働者と職業仲介人。

春節期間中は、出稼ぎ労働者の多くが故郷に帰省するため、毎日稼働する部品工場など、一部の仕事を中心に人手不足が深刻化する。

物流倉庫の仕分け業者も頭を抱えていた。『春節期間中は人を雇うのに余計なコストがかかるんだ』普段は1日200元(日本円で約4000円)の日給を支払うというが、春節は最低300元(日本円で約6000円)を保障するという。しかし、職を探す側から見ると、春節の里帰りまで諦めた代償としては“通常の1.5倍でも全然足りない”という思いが強い。

■大晦日に田舎の母へ電話 “母さんご飯食べられてる?”

欲しいものがスマホ一つですぐに手に入る、中国の物流サービス。電化製品ですらも、早ければ注文したその日のうちに自宅まで届けてくれる。その便利さゆえ、春節休みなどお構いなしに私も注文してしまうのだが、その影響をもろに受けるのが配送ドライバーだ。

春節中は、配送ドライバーも帰省する人が多い。雇用する側も人手不足に手を打たなければならず、臨時で給料をあげるしか術がないという。

こうした中、帰省を我慢してでも春節中に稼がざるを得ないという男性と出会った。『生活は正直厳しい。年末は注文数が多いから嬉しいよ。今年は帰省しない同僚も多いんだ』と話すのは、河北省から出稼ぎに来ている30代の張さん(仮名)だ。

春節期間中は1000元(日本円で約2万円)のボーナスが特別支給されるという。

例年の大晦日は母の手料理の並んだテーブルを囲んでいたというが、今年は自らの手料理で同僚のドライバーをもてなし、1年の労をねぎらった。『乾杯!』笑顔を見せる一方で『春節は家が恋しくなるよね』とこぼす。

春節期間に少しでも多く稼ぎ、田舎の家族に楽をさせてあげたいという。故郷には帰省できない代わりに、テレビ電話で母に新年の挨拶をした。

張さん
『母さん、新年明けましておめでとう』

母親
『ちゃんとご飯は食べたのかい』

張さん
『母さんこそ、ちゃんとご飯は食べられてる?』母親『1年も会えてないから、さみしいわ』

遠く離れていても互いを思いやる気持ちが、小さなスマホの画面の中で重なる。

■5歳の愛娘を田舎に残し“帰りたくても帰れない”

春節の北京のオフィス街は、街ゆく人の姿もまばらだ。そんななか、気温マイナス7度の寒空のもと、ビルの地下通路で注文の電話を待つ女性がいた。

『きょうは元日なので、注文がなかなか入らないの』と寂しそうに話すのは、河南省から北京に出稼ぎに来ている40代の宋さん(仮名)。半年前からフードデリバリーの仕事に就いている。

5歳の娘と母親を故郷に残し、寝る間も惜しんで働いている。コロナ禍で経営していた服飾店が倒産し、多額の借金を背負ったという。

1件のデリバリーにつき、手当は8元(日本円で約160円)と決して高額とは言えない。それでも春節の時期は1日300元(日本円で約6000円)の臨時ボーナスが入るといい、少しでも稼いで、借金を返済したいという。

物価の高い、首都・北京での生活。ピンキリだが、北京の中心地から外れた古い賃貸住宅であっても、最低でも1LDKで日本円で12万円ほどの賃貸料がかかるなか、彼女が住むのは、日本円で約2万円の賃貸マンション。夫婦2人で住むには狭すぎるという。

春節当日は、家族で外食する人が多かったのだろうか。普段は50件以上注文が入るというが、この日は、昼を過ぎてもわずか3件だ。

節約のため、毎日の昼食は地下の大衆食堂で240円で済ませる。少し頑張ったときは、自分へのご褒美に300円のランチにするという。この日、宋さんが立ちながら口にしていたのは、魚肉ソーセージと中華まんだった。

ドライバー業界はまだまだ男性社会だという。フードデリバリーに比べ、衣服や電化製品など重量のある荷物を持ち運べる男性のほうが需要があるといい、重量次第で1件あたりの配送単価も高くなってくるという。

宋さんが配送の注文を待っていると、宋さんと同じ格好をした男性が話かけてきた。宋さんの夫もフードデリバリーの職に就いているという。

夫『2年間で頑張らないと。子どもも大きくなっちゃうし。踏ん張り時だ』宋さん『今はどんなことも上手くいかない。どんな状況も我慢して働くしか人生の選択はない。娘に会いたくないわけがない』

すべてはふるさとに残した5歳の娘のため。その日を暮らすのが“やっと”だが、春節も毎日、夫婦で配達を続けていた。

人口14億人の中国で、日雇い労働者は約3億人といわれている。

過去最大90億人の大移動とされた春節の陰に隠れた“もうひとつの春節”を垣間見た。